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忙しい怠け者。人生楽ありゃ苦もあるさ。人間道の領域の可能性。

今日も医療関係者の方々に最大限の感謝を述べつつ、みんなでお家でできることを増やしていこう。

TrueNatureMeditationでオンラインクラスやっています。木曜朝 7:30〜8:15 と、火曜夜 19:00〜19:45 のクラスを担当しています。

日常で起こる出来事にいろんな受け取りかたや反応があるのがよくわかる。
特に先の見えない不確定な未来には感情や反応の触れ幅が大きい分、個人差がもろに出る。

苦しい時、悲しい時、不安な時、人間道ではどのような反応をするのか。そしてどのような力が必要なのだろうか。

それは思いやりとやさしさだと思っている。

いや、綺麗ごとを言いたいわけじゃない。メルヘンな話でもない。

これは仏教哲学のキモに通じる話だ。だからこそ2500年も昔から今に受け継がれてきている。

それを経験できるのが人間道の領域。特別な領域だと先人たちが言っているし、たしかにその通りだと思う。
人間道の特徴と問題点と可能性について考えていきたいと思う。

六道の世界については以前の記事でも書いた。

苦しみと喜び、その両方を分かっているということが重要でそれってかなり希有。

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ご存知のとおり人間道は苦しいこともあるし、楽しいこともある。
満たされて幸せを感じることもあれば、傷つくこともある。両方を経験するし、楽があれば苦もあるってことが分かっているということが人間道のポイントだ。

不安や恐怖に包まれて、攻撃的になったり、うつっぽくなることもある。
不安や恐怖に包まれても、思いやりをもち、協力して助け合っていくこともある。

生老病死を経験し、喜怒哀楽を経験する。友人や肉親の生死に直面して人生は脆く儚いものだということを分かっている。そう、分かっちゃいる。

だけど疲れていたり、ちょっとしたひとことに腹が立ってナイフのような一言を投げつけたり、思いやりや優しさが向けられない時もある。そのことで結局自分が傷ついたりもする。

だからこそ自分のことと同じように他人の生活やストーリーにも興味を持っているのだろう。そういえばワイドショーのネタはほとんど他人の生活のことだったよなあ、、、野次馬になる時もあれば共感して涙を流すことだってあるかも。 自分勝手だったり他人の痛みに共感したり。

つまり2方向あるのだと思う。自分や、俺や、私、自我の上に成り立つ思考へ向かう動きと、他人へ向かう共感や同情の想いだ。

そしてこの相手を思いやる気持ちや優しさがこれから重要な鍵になると思っている。特に今は、野次馬になって満足する思考ではなく、私達みんなが直面している障害や課題を、智慧や思いやりに変える方法を学ぶことが求められていると思う。

情熱、苦しい、嬉しい、その経験があるからこそ、自分と同じように他人に心を開いていく、社会に貢献する方法を探す情熱を持つ力が私たちにはある。

いや、綺麗事を言いたいわけじゃない。どちらかといえば科学的なアプローチだ。

いろんな状況がある中で、私や自分や俺、我を強めるのではなく。皮膚と皮膚で分断された自分と他者との境界線をはっきりと認識していながらも、よく考えてみるとその曖昧さにハッとしないだろうか。その曖昧さ、自分の感覚との間にあるギャップはなぜ起こるのだろうということを考え続けていきたい。

残るのは優しさと思いやりなんだと思う。

分かっちゃいるけどやめられない

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しかしながら、目標やヴィジョンや情熱を傾けられることがたとえ見つかったとして、思いやりや優しさを具体的に実践し始めたとしても次にくるのが、怠惰さだ。習慣的なパターンに安住して、私たちを引き戻そうとする。

〝忙しい怠け者“という言葉がある。

習慣的なパターンはなかなか抜けない。特に怠惰な性質は抜けにくい。文字通りだらだらと1日を過ごして怠ける場合もあるが、忙しい怠け者もこれと同様だ。

忙しいのに怠け者?

時間を作ってやろう!と思って生活を変えても新しい瑣末ごとに時間をとられて1日の大半を過ごしてしまうことはないだろうか。外食ができなくなれば、料理と買い物と片付けにとられる時間が増えて忙しくなったりしていないだろうか。通勤時間が減っても家庭の仕事は増えていないだろうか。目に飛び込んで来た洗濯物や掃除やメールにうもれて後回しになっていないだろうか。

結局、私達はいつも忙しいのだ。

仕事だろうとプライベートだろうと、そうやって思考は私たちを思考の世界に引き戻す。結局大半の時間を思考の世界で過ごすことになる。なぜか私達は目の前のことに対処するように迫られるからだ。現実に対処することで手一杯になっている。

いや、これは結構きつい。

真綿で首を絞めるようなじっくりとねちっこい障害になり得る。気がつくと大切なことに時間を費やさずに人生が終わってしまう。一大事だ。

思考の海の中で生きていることに気付く

では具体的にどうすればいいのか。
マインドフルネス・メディテーションは思考と向かいあい、仲良くなるのにとてもいいいい方法だ。

To become aware of our human realm perspective is like a fish trying to see the water in which it swims.
(David Nichtern )

“人間道の領域に気付くことは、泳いでる魚が水を見ようとするようなもの”
めちゃめちゃ上手い表現だなと思うし、世界の捉え方が一変する。

私たちはあまりにも当たり前のように思考の海の中で過ごしている。
未来のことを計画して、結果を期待したり、心配したり、あれこれと巡る思考の中で過ごしていることに慣れ過ぎていているのだ。

海で泳いでいる魚が水に気づくのは大変な作業だ。偶然釣り上げられて空中を経験したマグロは、そのときはじめて水の存在を知るのかもしれない。

なぜ私達は思考の世界に囚われて生きているのだろうか。

不確実性を減らしたいというのがひとつあると思う。だから将来や過去のことに思いを巡らせ思考を走らせる。

それは根底に不安や恐れがあるからだ。そしてこれは誰しもが持っているものだと思っている。

不安。恐怖。今は先の見えない不確実な要素が増えている状況だと思う。

この不確実性をを減らしたいという思いに囚われて思考の世界にどっぷりつかってはいけない。

ただ一方で、私達は先が見えないからこそ問題を解決しようと新しい方法を探ったり、研究したりする動きも同時にあるように感じる。

先人達が残した本があったり、哲学があったり、探求していこうとする動きもそうだ。思考の世界がそのまま悪いものではない。思考の働きがなければ読み書きもできない、知識の共有も難かしい、友情やコミュニティ、皆で共有することはできなかっただろう。思考とどう関わっていくかで方向性が全く変わってしまう。

ポイントは思考とどう関わっていくかといくことのはずだ。海の水に気付くことから始めたい↓↓↓

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日常が練習のチャンスになる

痛みも喜びも知っている。共感する力もあるし行動に移す情熱もある。でも思考をとられて時間を取られて忙しくなる。慣れているパターンにはまり込む。そんなクセがあるのだろう。

そんな日常生活、苦しみ、不安、喜び、情熱をよくよくみることで目覚めの可能性があると思っている。

今現在の状況を完全に経験するということが目覚めの本質だと多くの先人方、先生方が言っている。多くの指導者が指摘しているこの領域を味わっていきたい。

辛いことがあるかもしれないが、共感する力に変えて智慧を育むことができるかもしれない。
苦しいことがあるかもしれないが、他の人の同じような状況に思いやりや優しさを育めるかもしれない。

それには今現在の状況を完全にわかることが鍵となると先人達は言っている。

 Meditation is the method by which we refocus our awareness on the present and simply note and release all of the memories' and anticipations that perpetually flood our mind and disturb our emotions and bodily sensations.
(David Nichtern)

瞑想とは意識を今現在に戻し、心の中にあふれている過去の経験や未来の期待を単純に認識して手放す方法。そして記憶や期待などの思考は感情や体の感覚を乱す働きをしている

マインドフルネス・メディテーションで何をやっているかということ。

日常生活でこの状態を維持しながら生活していくこと。言葉にすると簡単だけれどもやるとなるとどんなにこれが難しいことか。

David先生が言っていた、私達は普段起きているけれど眠っているようなものだ。と。

だから〝Awakening from the daydream“ なのだ。
メディテーションの方法を知り、夢の中から目覚めていく。坐る。その時はじめてリアルな世界を体験することができる。空想の世界から目覚めて戻ってくる。

日常に潜む、停滞、非難、自己犠牲、怠惰の衝動を超えていくことなのだろう。
つい引き込まれていく思考のパターンに乗っからないことなのだろう。そうすると徐々に目覚めた生活へと動き始める。けど言うほど簡単なことじゃない。

これが実践できるのは人間道の領域ならではではないだろうか。そう考えると苦しみもそう悪くないかもしれない。

結局は練習あるのみ。基本のマインドフルネス・メディテーション。

基本となるマインドフルネス・メディテーションの具体的なやり方は下記を参考にぜひ。イメージを掴んでいただけば実際に門を叩いてみて直接指導者と会って(オンラインだけど)生で受けてもらうことをお勧めする。

動画をみていただくとお分かりいただけるように、やり方は非常にシンプルだ。たったの3ステップ。

でも簡単ではない。1人でやると練習で感じた感覚を自己解釈をしてしまう場合がある。誤ったところに梯子をかけて努力した上に間違った目的地にたどり着く可能性もある。ここが瞑想を学ぶ上で非常に難しいし、気をつけていただきたいポイントである。

David先生のと、日本語がいい方は拙い私の説明と。

いかに今にいるのが難しいか、いかに思考の世界で生きている時間が長いか、いろいろ気付くことがあるかもしれない。眠くなるかもしれない、いろいろな反応があるので気になることがあればぜひ直接メッセージをいただけると嬉しい。


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