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ひとりの夜には映画を観ろ、「きみの鳥はうたえる」からはじまる小話

眠れない夜がたまにある。とある人が「ひとりの夜には映画を観ろ」と言っていたのを思い出し、Amazon primeにて久しぶりにちゃんと観ました。

「きみの鳥はうたえる」

キャストよ、キャスト

柄本佑さん、石橋静河さん、染谷将太さん。キャストのセンスがよすぎる。あらすじはこちら。

函館郊外の書店で働く“僕”と、一緒に暮らす失業中の静雄、“僕”の同僚である佐知子の3人は、夜通し酒を飲み、踊り、笑い合う。微妙なバランスの中で成り立つ彼らの幸福な日々は、いつも終わりの予感とともにあった。

映画.comより

カツセマサヒコさんの「明け方の若者たち」とも少しかぶるようなヒューマンロマンス。

書籍にしても映像にしても、虚構よりもリアルなものが好きです。近くで実際に起きていそうな、何なら我が身に重なるようなものが好き。

「出会ってしまった」という感覚

ここからはもう完全なる主観なので、どうぞお手柔らかに。この映画から「『出会ってしまった』と思ったらそれはもう恋」ということを学びました。

人間には大きく分けて2つ、変化することを嫌がるタイプと変化することに高揚を覚えるタイプがいると思っています(私は後者だと思っている)。

「出会ってしまった」にはこのタイプによって異なる意味があると思います。前者の場合はネガティブな、後者の場合はポジティブな受け取り方。

後者である私からすると、この「出会ってしまった」相手とは、ほんとうは出会ってはいけなかった。まるで禁断の果実に手を触れるような出会いなのだと直感的にわかる。だめだとわかっていても、先の展開への知的好奇心がゆえに止められない。

変化を好む人間は、未知なる領域への知的好奇心が人並みではないように思います。だからこそ、ルーティンワークが得意ではない傾向がある。

性別問わず「出会ってしまった」と直感的に思った相手とは遅かれ早かれ深い中になるし、その度に自分の直感はわりと正しいなと思うことになります。

「きみの鳥はうたえる」の登場人物は、きっとそれぞれがそれぞれのタイミングで「出会ってしまった」と思ったのではないかなと思っています。

感想でもなにでもないですが、少しでも興味のわいた方はぜひご覧になってみてください。

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