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書評:大沼保昭『人権、国家、文明 普遍主義的人権観から文際的人権観へ』

国際法学の視点から人権概念の来し方と行く末を見る

本著は、国際法学の泰斗、故・大沼保昭先生の大著である。

「人権は人間の所与の権利である」、安直なヒューマニストはそう宣揚するが、果たし本当にそうだろうか。

乱暴な整理となるが、人権概念の萌芽を歴史的に紐解けば、ホッブズ→ロック→ルソーの社会契約論の系譜にそれを求めることができる。この当時はヨーロッパにおいて、宗教権力(カトリック)から世俗権力(王、王侯等)への権力移行の過程期から完成期にかけた時期であり、社会契約論者が想定した社会契約の権力サイドの主体は、国家的存在及びその体現者としての王であった。

つまり、人権概念の萌芽期において既に、人民は国家(及び王)へ権力を委譲し、対価として人権の尊重・保護を獲得した、と擬製されたのだ。

ここでは、社会契約なる契約行為が本当にあったかが問題なのではなく(こんなものはあくまで思惟的擬製に過ぎない)、人権なる概念の創出において、人権の保持者と保護者として想定された主体は何であったかが重要であり、特に後者については国家(及び王)であったことを確認することが重要だ。

人権概念のこうした出自、及びそれ以降の近現代の歴史を通じても、基本的にはこの擬製に変化はないと言える。つまり、人権という概念は、主権国家単位で概念化され、具体化され、主権国家内の手続きが整備されてきたと言えるだろう。

であるならば。

人権の意味内容のみならずその価値すらも、国により、文化により、そしてそれらが積み重ねてきた歴史により徐々に体系化されてきた謂わば「国家的制度」であるということになる。

故に異国間・異文化間においては人権概念は当然異なり、時には抵触すらしてしまうものなのである。人道的介入などの強国による内政干渉が正当化のための美辞麗句に過ぎないとして非難されるのも、人権概念の多様性が1つの原因であることはもはや明白である。国際援助、国際開発の場面においてもやはり人権概念の抵触は目に付くものとなっている。

加えて人権論の難しさは、その地域性・文化性・歴史性にも関わらず、あらゆる人権概念が潜在的にそれ自身の普遍性を主張するという性質を有する点にある。限定的な人権概念同士が普遍性を巡って衝突し争い合う、この状況は護るべきもののために護るべきものを傷つけ合うという、本末転倒な国際秩序を生み出していると言えよう。

大沼先生はこの著作において、「文際的人権観」なる概念を提唱し、この状況を超克し行くための知的営みを提示されている。

これは決して人権概念の一元化ではなく、ましてや人権概念の相対化では決してない。人権概念の多様性を認容しつつも、それらを互いに止揚しながら漸進的に普遍性を持ち合わせた人権概念の構築を模索し続けていく、そうした不断の努力の進め方に関する提唱だ。

ここでは紹介し切れませんが、本著においてはその具体的な取り組みについても考察が及んでいる。

個人主義、自己主張の時代に突入した現代社会においては、「人権」「権利」という言葉はもはや濫用されるの域に達し、極論を言えば単なる我侭の標榜でしかなくなってきている面もあるのではないだろうか。

リアリスティックな言い方かもしれないが、人権はあくまで法がありそれを維持する体制がある中で初めて有効に機能する「制度」だ。しかし皮肉なことに、法を保持・維持する体制とは即ち「権力」に他なりません。

一般に「権力」は「権利」を抑圧するものという側面が強調されがちだが、実は「権力」が「権利」の実効性を担保していること、即ち「権利」は「権力」なくして成り立たず、という側面があることを決して忘れてはならない。人権もまた然りである。

以上はあくまで私の私見だが、もし是であるならば、権利の衝突は、必ず権力の衝突を表裏として伴うこととなる。何故なら権利と権利はセットだからだ。

また話はやや逸れるものの、人間の尊厳の問題と権利の問題の混同が問題を複雑化させるような問題群も看過できない。人間の尊厳を「人権」と言い換えることで、制度としての「権利」が「権威」を帯び、最悪の場合人権論争は宗教戦争の体を帯びるにまで至り得る。これもやはり、権利と権力がセットだからだ。

「人権」という概念を如何に中庸的に練り上げていくか。これは人類的課題だと考える。

本著は、KING王的人生の名著No.3に君臨する大変素晴らしい著作である。

読了難易度:★★★☆☆(←ゴリゴリの専門書のため)
人権概念の俯瞰度:★★★★★
権力と権利の関係明確化度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★★

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