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書評:武田泰淳『十三妹』

武田泰淳が描いた義侠小説に見る愛し方と愛され方のすれ違い

今回ご紹介するのは、武田泰淳『十三妹』(シイサンメイ)。

中国の古典『三侠五義』『児女英雄伝』『儒林外史』から登場人物やエピソードを抽出し、独創的にリライトした作品だとのこと。

一見娯楽小説、大衆小説のような表紙だ。私も手にした時はそう思い、ただ好きな泰淳の作品だから読んでみた限りだった。おそらく他の作家のものだったなら手にすることはなかっただろうと思う。

まずは概要から。

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比較的裕福で家柄も良い世間知らずなお坊ちゃんで科挙試験合格を目指す「安公子」と、中国一有名な女忍者(その超人の様と言ったらもはや人間ではない)である通称「十三妹(シイサンメイ)」が夫婦(正確には十三妹は第二夫人)である、という設定から物語は始まる。

ある事件から安公子が危険な旅に出ることとなり、十三妹は身を隠しながら随行する。そして事ある毎に陰で超人的な活躍をすることで安公子を守り続けていく。

最終的には十三妹の陰での働きにより科挙試験にも合格でき、安公子は世間的な栄達を手にしたのだが・・。
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時の権力者勢力が登場し、勢力に付く忍者達やあくまで反勢力を我が道とする男忍者達、後者の男忍者(錦毛鼠)と十三妹の微妙な情の関係が描かれる点、科挙試験の過酷さが描かれる点など、その卓越した人間観察力で描かれる特有の憂いとともに、様々なサブプロットにより単純に娯楽小説としても読み応えのある作品だ。

一般には中国を舞台とした「義侠」小説として理解されている模様で、私もその点に異を唱えるつもりはない。

しかし私は、そうした「義侠」とは全く離れたところに感じ入ってしまった。それは、安公子と十三妹の間に見られる、「愛し方」と「愛され方(相手に求める愛し方)」の微妙なズレについてである。

人は人を愛するようになる時、一体何に惹かれるのか。これは非常に千差万別で、私にはパターン化することはできない。

しかし、「愛し方」はある程度はパターン化できるのではないだろうか。

 ・相手を「慕う」ことにより愛を示す
 ・相手を「敬う」ことにより愛を示す
 ・相手を「守る」ことにより愛を示す

等々。

そしてこれら「愛の表現の仕方」に対しては、対になるようにして相手側が「求める愛され方」というものがあるはずです。

この一対が双方向に二重構造として存在するところに「愛し合い」は形式として成立する。つまりはAがBに示す「愛し方」とBがAに求める「愛され方」という対と、BがAに示す「愛し方」とAがBに求める「愛され方」という対だ。

本作ではその二層のうちの一層、十三妹の「愛し方」と安公子の求める「愛され方」という対がプロットとして取り扱われている。

十三妹は常に、安公子を「守る」ことで愛を示します。

しかし安公子の求める愛され方は残念ながらそうではないのだ。いつも十三妹の陰ながらの活躍に対し、口には出さないながら内心ではプライドが傷付いている。

要は、十三妹の「愛し方」と安公子の求める「愛され方」は噛み合っていないのである。

そして十三妹は実はこの点に気付いている。しかし超人的な彼女を以ってしても、「守る」という「愛し方」以外の方法を取ることができないのだ。彼女もまた苦しんでいる。

物語の中に、囚われの身となり死刑を目前に控えた安公子を十三妹が助け、対面するシーンがある。安公子は涙に咽び、十三妹はただ沈黙を貫く。このシーンを、「十三妹に比し安公子は卑小な人物」と片付けることもできるだろう。安公子は確かに凡庸として描かれており、十三妹に釣り合うような人物ではないと言える。

しかし「愛」に釣り合う釣り合わないなどあるのだろうか。前述したように「愛」は千差万別だ。このシーンを「両者の釣り合い」の問題とするのは論点のすり替えであり、「愛」に条件や釣り合いを求めるのは打算的な利害と「愛」を同一視することに他ならないと思う。

このシーンの安公子の涙は「守られた」ことに対する悔し涙であり、十三妹の沈黙は噛み合わない愛に対し何もできない、そういう沈黙だと感じた。

愛のズレは一種の病理だ。恐ろしいまでに互いの情を蝕み、遂には根底の「愛」そのものを廃れさせかねない。安公子の十三妹への愛は実際既に蝕まれていると捉えることすらで切るのだ。

泰淳がこうしたことを示そうとしたかどうかはわからない。私の勝手な解釈で、私が勝手に「愛」そのものと「愛し方・愛され方」は別次元の現象でありながら、後者が前者に影響を及ぼす、という構図を読み取ったまでである。

読了難易度:★★☆☆☆
大衆小説としての面白度:★★★☆☆
夫婦の愛の擦れ違いとしての面白度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★☆☆

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