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幽刃の軌跡 #52

第52話: 鞍馬寺 本殿地下「魔王堂」


翌朝、朱留が眠気をこすりながら本堂に現れると、牛若と弁景は既に準備を整え、彼の到着を待っていた。


「よく寝れたか?」牛若が問いかける。 「はい、おかげさまで」と朱留は返事をする。 牛若が頷き、「それでは、ついてこい」と言い、本堂の端にある地下へと続く階段を下り始めた。


地下は暗闇に包まれ、窓は無く、ただ所々に置かれた灯篭だけがほのかな光を放っている。階段を降りた先には広い空間が広がっていた。空気はひんやりと冷たく、静寂に包まれたその場所には異様な緊張感が漂っていた。


「ここは鞍馬寺本殿地下の魔王堂だ。」牛若の声が響く。 朱留は背筋が震えるような感覚を覚え、これまでいた空間とは全く異なる異質な気配に気付いた。 「鞍馬の赤天狗の誕生地とされる場所だ」と牛若が続ける。


「要するに、ここはヤツの力を最大限に発揮できる場所ということだ。万が一、天狗が暴徒化した場合、君ごとここで葬らねばならなくなるかもしれん。」 その言葉に、朱留は固唾を飲む。 牛若がさらに言葉を続けた。 「さあ、ここで座禅を組み、自分自身と向き合うのだ。そして…霊域解放を行い、鞍馬の天狗と対峙せよ。」


朱留は目を閉じ、深く息を整えた。すると、弁景が影遁術で朱留の周囲に結界を張る。


朱留の心中には不安が渦巻いていた。 「本当に大丈夫か…現実世界に戻れなくなるなんてことは…いや、そんなこと考えても仕方がない。やるしかないのか…」


次第に、彼の心は落ち着きを取り戻し、過去の出来事が脳裏に浮かんでくる。初めて霊域を解放した時、赤天狗が彼に力を貸すと囁いたこと、そしてそれ以来何度もその力を借りてきたことを思い出す。 「そうだ、あの時も…あいつの力に頼った。話をつけるしかない…」


彼が再び深い呼吸を行い、静かに心を整え始めたとき、牛若が呟いた。 「そろそろ始まるぞ。」


やがて朱留の意識は深まっていき、彼の目の前に異様な気配が現れる。 不気味な笑い声が響き、闇の中から天狗が姿を現した。


「おい、朱留。このワシが力を貸すとでも思ったか?ワハハハハ!馬鹿なやつめ!」天狗が嘲笑する。 朱留は天狗を睨みつけ、「よくも騙したな!」と叫んだ。 「騙されたのはお前のほうだろう。それに、あの時ワシがいなければ、お前はあっさり討たれていたわ!」天狗は高笑いしながら言い放つ。


「この我が故郷で、わしの力がどれほど高まるか…さあ、お前の身体をよこせ!」


天狗が凄まじい速度で朱留に襲いかかると、彼は自分の身体が奪われる感覚に襲われた。現実の結界の中で、弁景が呟く。 「牛若様…このエネルギーは…」 「始まったようだ」と牛若が目を細める。朱留は座禅を組んだままだが、朱留の瞳は真っ赤に染まり、焦点は合っていない。


朱留の意識の中、天狗は再び姿を現し、ニヤリと笑う。 「前と同じく、すぐに諦めるかと思ったがな。」


だが朱留は肩で息をしつつも睨み返し、静かに口を開く。 「お前に聞きたいことがある。」


「ほざけ!黙ってくたばれ!」天狗は妖力弾を放ち、朱留を襲うが、朱留は咄嗟にかわす。 「なぜ…俺を選んだ…」


天狗は無言で妖力を放ち続ける。朱留は内なる声で自分に言い聞かせた。 「肉体の力じゃない…精神力だ。牛若さんが言っていた通りだ…落ち着け、恐れるな…」


やがて朱留の精神が強まるにつれ、天狗の攻撃が鈍り始めた。 「なんだと…わしの力が…」天狗は焦りの色を見せる。


「そうか…お前も俺の心に左右されるのか。俺が本当の覚悟を持たなければ、お前の力は具現化できない…」


朱留は天狗を睨み、声を荒げる。 「答えろ!お前の目的はなんだ!」


だが天狗は無言で視線を逸らす。朱留はしばしの沈黙の後、ふと黒馬の話を思い出す。 「そうだ、お前にも名があるだろう。あの黒馬だって“黒太夫”という名を持っていると聞いたぞ。」


その言葉を聞いた途端、天狗は顔色を変え、苦しそうに胸を押さえる。


「そうか…お前にも名があるんだな…」



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