やめることが得意になってしまったわたしへ
0か100で考えているからだと思う。
始めたことが、続けられない。
やっても、意味がないと思ってしまう。
完璧じゃなくちゃと。
みんなと同じように…
叶うなら、
みんなより上手くなりたいと。
そうは思っても、うまくできない。
そして、やめる。
だから、結局は、なーんにも残らない。
始めたことが、下手くそなのは当たり前。
なかなかうまくいかないのも、当たり前だ。
失敗して当たり前。
その方法では失敗をする。
そのことがわかったという結果も大事。
その失敗から、方法を変えてやってみる。
それでも失敗ばっかりだ。
それを素敵な結果にするために、
別の方法でアプローチして、続けてみよう。
これが大事なんじゃないかな。
何ヶ月か前に始めた編み物も、やめている。
編み目を多くしたり、少なくしたり、
凸凹にしかできなかったり、
真っ直ぐに編まなくちゃいけないところが、
台形になってしまったり…
編み目を数えることや、力加減を変えないことに気をつけるようにしたら、
下手くそだったものが、真っ直ぐに編めるようになったのになぁ…
身につけられるものを編みたいな~と思ったけれど、やっぱり思うようにいかなくてやめた。
綺麗に、完璧なものを編まなくちゃ!とか思い始めて…
そうは思っても、できなくて。
編むことに意味があるのかなぁ~とか、
意味があるなし理論で考え始めたら、
意味がない方へと分類してしまって、やめた。
そうしたら、編み方忘れちゃった。
noteだってそう。
うまく書こうと思うからいけない。
格好良く!とか思うから、
これでいいのかなぁと思うから、立ち止まる。
正解がわからなくて、
また、意味があるなし理論で考え始めて、
手を止めた。
そうやって、書くことからも遠ざかる。
やめちゃうと、結局なんにも残らない。
残るものがあるなら、まただめだったという、
やっぱり自分はだめなんだという、無力感。
まずは、始めたことをやめないこと。
やめても、心にくすぶっているものは、
なーんだか気にかかっているものは、
下手くそだなぁ…と思っても、続けてみよう。
うまくいかないのは、当たり前なんだから。
0にはしないこと。
1%でも2%でもいいから、続けること。
そうやって、心が満たされて、
わたしの力になればいいな。