散る。遇うと、

どうもです。
本日も冴えてます。なにせ達人ですから。
他人(ひと)の落とし物に敏感に反応します。それは最早、常人のレベルを凌駕しています。

先日、蟹の落とし物を路上に見ました。また或る時は、涙の落とし物なんてのにも遭遇しました。

私くらいの達人になりますと、皆さまが気付かずに見過ごすような落とし物を、路上に数多く見掛けます。

例えば「速度」。
これは本当によく落ちています。そこらの交差点、丁字路、スクールゾーン、至る所に、それこそゴロゴロ落ちてるのに、実に多くの方が見過ごしている落とし物の筆頭です。

そして、落とし物なんてのは、大概落としたくないものに限って落ちるもので「人気」、「信用」、「売り上げ」、「成績」、「鮮度」、「味」、「化粧」、これらなんかは実際路上に落ちてるのをよく見掛けます。

その逆に落ちて欲しいのに中々落ちないてのが「体重」、「肉」、「狐」、「瘧(おこり)」なんかでしょう。実際路上に見掛けるのはかなり稀です。

ゾッとしないのが「腕」、「頬」、「顎」、「小鼻」、「頤(おとがい)」なんかの身体(からだ)の一部。できることならお目に掛り度ないですが、如何したものか結構高頻度に見掛ける、困りものです。

さて、そんなこんなで今日も下らないのをひとつ。

或る駆け出しの噺家が、近所のご隠居を訪ねます。
垣根越しに、お久し振りですお元気で? なんて声を掛けました所が、縁側に座り込んで何やら困り顔のご隠居。
心配になって男が尋ねますと、何でも大事にしていた鬼の矢柄柄の巾着袋を、数日前に何処かに落として仕舞ったとのこと。
男はそれを聞くや、やれ何処に落としただ、何時落としただと矢鱈とご隠居を質問攻めにいたします。仕舞には、如何すれば落とせるのか教えてくれと泣き付いた。
私の落とし物に何故そうも興味津々なのかと、逆にご隠居が男に尋ねました所、実に仕様もない話を始める男なのでした。
何でも、新作を書いてる所が、中々噺が落ちねえ、と。それで今日道々何か噺のネタでも落ちてやしねえかと歩いているとここまで来た。そしたらご隠居が巾着を落としたと言う。これは屹度何かの縁、仏のお導きに違いねえ、ご隠居の巾着の落とした経緯を知れば、我が新作を上手い事落とせるのじゃないかと思ったと。
相当に煮詰まっているらしい男の様子を見たご隠居は、男を諭す様に窘(たしな)めます。

――落とし物ってえのは、手前(てめえ)の知らぬ間(ま)に、落ちる時には勝手に落ちるもんだ。だからおまいさんがそうして幾ら躍起になった所で、落とし物の落ちる道理何ざ、そう簡単に見付かるもんかい。
流石年の功だけあって、中々哲学的なことを仰有るご隠居です。

――それでも如何しても、落ちをつけてえて言うなら……。そうさねえ……。
一呼吸置いて、何やら閃いた様子のご隠居。

――深呼吸しろ、深呼吸。

――へえ、深呼吸ですか? なんでまた?

――いいから、黙って言われた通りお遣んなさいよ。
訝しがる男を制します。

男はご隠居に言われた通りに、深呼吸を始めます。
吸ってえ、吐いてえ。吸ってえ、吐いてえ……。これを幾度か繰り返した所、頭に上った血が、胃の腑までスーッと落ちていく心持になった男。
その様子を、腕組みしながらジッと眺めていたご隠居、徐(おもむろ)に宣(のたま)って曰く。

――どうだい、落ちついただろう?

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