たこが糸切れて落ちなかった話

つい先日のこと。
如何にも輩風情な野郎が目の前歩いてた。
何だ此奴、邪魔臭えと思いながら、ズカズカ野郎の横通り過ぎると、おいこら、と呼び止められた。まあ、因縁付けられた訳だ。
面倒臭えなあと思いながら野郎の面拝むと、何だ蛸じゃねえか。
茹蛸見てえに顔真っ赤にして切れてやがる。

蛸って言ったら、同期で入門した若手噺家の中の有望株、言ったら私の兄弟。
あの手この手で、兎に角オチに持って行くてんで、オチの千手蛸て呼ばれた奴だ。

だけど悲しいかな、生来の手癖の悪さが災いして破門、噺家稼業から手え引いて、そこから如何したもんか、悪事に手え染めて、今じゃ立派なヤクザ者て専らの噂だ。
だけど、今目の前にいる此奴は見るからチンピラじゃねえか、愚にもつかねえ。下っ端の半端者だ。闇バイトに応募してそうだな、おい。

何か用かカス、と至極丁寧に応対すると、何か用かじゃねえコノヤロウとか何とか言って、半端者の癖に一丁前に凄んで来やがる。
流石蛸、早速笑わして呉れらあ。
骨の無え半端者の軟派な軟体野郎相手に簡単に遣られちゃう程、こちとら軟(やわ)じゃねえんだわ。面白え、片腹痛えわ、相手なって遣ろうじゃねえか。

とっとと掛って来やがれと思ったその時だ、奴さん、いや奴蛸さん、一瞬確かに表情が曇った。コレは気付いたね、私に。
今更引くに引けねえて所なんだろう、奴蛸さん知らぬ素振りで、肩当たったろうがと声張って来た。
蛸に肩有ったか? と思っていると、この落とし前如何付けて呉れるんでえい、と来たもんだ。

おいおい、如何したよ、蛸。
普通、普通じゃねえか、そんなの。
昔の手前えだったらキレイに落としてる処だ、そこわ。
落とし前て。何だいそれ、どんな落ちだよ。一体どんな料簡でそんな……。それわ違う、流石に違うわ。
私あそんなの納得できねえよ、こんなことあるかよ、如何にもこうにも腑に落ちねえ話だ。

私がすっかり呆れ返えって、何も言わねえでいると、調子乗りやがって奴蛸、オイコラ、黙ってねえで何とか言えやと、また凄む。
こりゃもう駄目だ、埒明かねえ。こんなやつ相手にしてても仕方ねえ、時間の無駄だと思ったね。それで、ひと言落ち付けて返して遣ったのさ。

おい蛸、手前え随分腕を落としたなあ。
俺はそんな手前に、胆(きも)を落とした。

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