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36年の嘘~上海列車事故~第4章「208号列車の2両目の謎を解く」

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事故の本質を覆い隠した車両

 「一目瞭然」という四字熟語が示すように、目で見て得た情報の威力は大きい。

 上海列車事故において、外見的に最もインパクトがあるのは機関車に乗り上げている208号列車の2両目であり、第1章にて言及したようにこの車両の写真ばかりが上海列車事故を報じるにあたって取り上げられやすい理由でもある。

 そして上海列車事故において311号列車の3両目が前方車両に押し潰されて大破したという異常性がなかなか伝わらない、知れ渡らない大きな原因の一つが208号列車の2両目にあるのではないか。
 視覚的な要因もさることながら、もう1両の列車でも先頭の機関車ではなく2両目が大破しているのだから、列車の正面衝突事故において中間車両に被害が集中するのは往々にしてあるのだという錯覚を呼ぶのではなかろうか。

 しかし、それは完全に錯覚である。第2章で述べたように、列車同士の正面衝突事故であれば、双方の先頭車両の前方部分から壊れるというのが物理法則上の原則だ。

上海列車事故の現場の全容

 本章においてはなるべく簡潔に、208号列車の2両目がなぜ、このように大破したのかを推論し、以後の章において311号列車へ考察の焦点を絞っていきたい。

行李車

 上海列車事故では合わせて29名の死者が生じている。311号列車では2号車(3両目)で高知学芸高校の生徒と教諭あわせて28名が亡くなった一方で、208号列車の犠牲者は1名である。この犠牲者は先頭の機関車ではなく後続の車両、おそらく本章で述べる2両目付近で事故に巻き込まれた。
 しかし、2両目があそこまで破局的に壊れているにもかかわらず、どうしてたった1名しか犠牲者が出なかったのだろう。それはもともと208号列車の2両目には人が乗っていなかったからである。

 前章で述べたように208号列車は長沙と上海を結ぶ長距離便だったこともあってか、機関車の後ろに何両もの客車を繋いだだけの単純な編成ではなかった。ディーゼル機関車を先頭に、2両目は貨物車、次が乗務員用の客車、他にも食堂車や郵便貨車の連結があった模様である。客車は全て寝台車だった模様で、乗客は1,000名ほどに上った。

 我々の日本人の感覚では、機関車の後ろにたった1両だけ貨物車が置かれている編成に違和感を覚えるが、写真を比較検証したところ、おそらくこの2両目は「行李車」という種類の車両だったと思われる。行李車とは、乗客の荷物置き場の用に供する車両である。この208列車のように長距離を大量の荷物を持って移動する人が多い便においては、寝台車の混雑を避けるという合理的な理由から、行李車が連結されていたのだと思われる。

 それではこの行李車は具体的にどのような仕様の車両だったのか。以下の写真が事故車両と同型と思われる車両の写真である(はいらーある様のHP「不思議な転轍機」より引用)。

事故車両と同型と思われる行李車(外観)
事故車両と同型と思われる行李車(内部)

 上海列車事故により、この208号列車の2両目は外枠だけの状態となって先頭機関車に乗り上げている。しかし、写真を見ればご理解いただけると思うが、この車両はそもそも外枠だけの構造なのだ。

208号列車で起きていたこと

 208号列車において、物理学的にまとめるならば以下のような現象が起きたのではないだろうか。

・待避線から本線に進入してきた311号列車を見て、208号列車の運転士は当然急ブレーキをかけた。
・当然ながら列車を含めてあらゆる乗り物は、運動の第一法則(慣性の法則)が働くためにブレーキをかけてもすぐには停まれない。
・停止できないまま208号列車は311号列車と正面衝突した。結果、衝突位置から動けない208号列車の先頭機関車は慣性の法則により前進する力が残ったままの後方12両から押されることになる。
・しかし、先述のように2両目の行李車はほぼ外枠だけの極めて脆弱な構造であり、強度で著しく勝る機関車に「押し負けて」大破し、機関車にせり上がるような形となった。

テレスコーピング現象

 鉄道工学の専門用語では、上海列車事故における311号列車の2両目が3両目に乗り上げて押し潰した状況も、本章で述べる208号列車の2両目の大破も、双方とも「テレスコーピング現象」と呼ばれるものである。
 これは、鉄道事故の際、特に列車の衝突や追突時に慣性の法則によって車両同士がめり込んだり、食い込んだり、後ろの車両が前の車両に食い込む、突き破る(貫通する)致命的な現象を指す。

 ウィキペディアには、このテレスコーピング現象が発生した鉄道事故が列記されている(該当記事)。
 大半が、列車同士の追突事故などの場合に、追突した車両が相手の最後尾の車両を押し潰すような類の事例が占めるが、中間車両に被害が集中した事例として上海列車事故以外に「マルボーン・ストリート鉄道事故」が挙げられる。
 マルボーン・ストリート鉄道事故は1918年11月にニューヨークで発生した地下鉄事故である。スピードの出し過ぎでカーブを曲がり切れなかった5両編成の列車が脱線し、1両目と4両目の損壊は軽微で5両目は無傷だったものの、2両目と3両目がテレスコーピング現象により大破して少なくとも93名もの犠牲者を出した大惨事だった。

テレスコーピング現象で大破した車両(マルボーン・ストリート鉄道事故)

 このような被害状況となった原因は車両の強度の差と連結の順番にあったとされる。この5両編成の列車は電動車3両と付随車2両で編成されていたが、電動車は付随車の約2倍の重量があった
 そのため、標準手順では2両の付随車を連続して連結させてはならず、また常に2両の電動車の間には1両の付随車を入れることになっていた。

 つまり、本来ならば
①電動車 ➡ ②付随車 ➡ ③電動車 ➡ ④付随車 ➡ ⑤電動車
という順番で連結しての運行が求められていた。

 しかしこの事故の際には
①電動車 ➡ ②付随車 ➡ ③付随車 ➡ ④電動車 ➡ ⑤電動車
という順番で運行されていた。

 結果、車両の強度の差などから、付随車2両がテレスコーピング現象で大破したというのがこの事故の顛末だった。

絞られる論点

 以上から、208次列車の損壊については、慣性の法則および車両強度の観点により一般論で説明可能だと言える。

 一方で、311号列車では高知学芸高校一行が乗っていた3両の特別車は全て同じ「24系」(画像は第3章参照)だった。そして3両目が一方的に破壊されている。車両の強度に原因を求めることはできない。
 やはり上海列車事故の異常性は311号列車の3両目に集約されるのだ。

参考資料

・上海列車事故 29年後の真実(毎日新聞web版連載・西岡省二氏)
・HP「不思議な転轍機」(はいらーある様)

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