知られざる大腸がんの発生メカニズム
要旨
大腸がんは日本を含む多くの先進国で患者数が急増しており、その背景には食生活の欧米化や高齢化が影響しています。本コラムでは、大腸がんがどのように発生するのか、その複数の経路についてわかりやすく解説しています。特に、従来から知られる「腺腫-がんシーケンス」だけでなく、最近注目されている「de novo発がん」や「鋸歯状病変」による新たな発生ルートについても詳述。また、これらの知識が予防や早期発見にどのように役立つのか、日常生活で取り入れられる具体的な対策についても紹介しています。定期的な内視鏡検査の重要性や、食生活の改善、適度な運動の効果など、実践しやすい予防策を提案。大腸がんのリスクを減らし、健康を守るための最新情報を提供します。ぜひ本編を読んで、知識を深めてください。
1.はじめに
大腸がんは、日本を含む多くの先進国で最も患者数が多いがんの一つです。わが国では食生活の欧米化や高齢化の進行にともない、大腸がんの発症率・死亡率が増加傾向にあります。大腸がんの発生には複数の経路が存在し、代表的なものとして腺腫からがんへと進行する「腺腫-がんシーケンス(adenoma-carcinoma sequence)」や、正常な粘膜から直接がん化が起こる「de novo(デ・ノボ)発がん」が挙げられます[1-2]。また、近年は鋸歯状(きょし)病変と呼ばれる新たな前癌病変の関与も明らかになり、複雑な発がん経路が存在することが示唆されています[3-4]。
本コラムでは、一般の方にもわかりやすい形で大腸がんの発生ルートや前癌病変、そしてde novo発がんについて解説いたします。さらに、予防・早期発見の重要性に触れながら、日々の生活で気をつけるべき点をお伝えします。
2.大腸がんの発生のしくみ
2-1.大腸内の構造と粘膜
大腸は盲腸から始まり、結腸と直腸を経て肛門へと続く消化管の末端部分です。大腸の内側は粘膜で覆われており、この粘膜の細胞が何らかの変化を起こしてがん化に至ります。正常な粘膜が徐々に遺伝子変異を蓄積し、最終的にがんへと移行するプロセスにはいくつかの経路があります。
2-2.腺腫-がんシーケンス(adenoma-carcinoma sequence)
腺腫-がんシーケンスは、伝統的かつ最もよく知られた大腸がんの発生ルートです。
まず、正常な腸粘膜上皮の細胞に遺伝子変異が生じ、「腺腫(アデノーマ)」と呼ばれる良性ポリープが形成されます。
この腺腫にさらなる変異が蓄積すると、徐々に異型度が増してがん化し、大腸がんへと進行していきます。
この過程には、染色体不安定性(chromosomal instability: CIN)と呼ばれる遺伝子異常が関与していることが多く、腺腫が長期間にわたって存在するとがん化リスクが高まることが知られています[1-2]。
実際、大腸がん患者のうち相当数が、この腺腫-がんシーケンスを経て発生したとされています。ただし、どの程度の割合がこの経路を辿るかは統計データによって異なりますが、おおむね60%前後という報告もあります[2]。腺腫があるとわかった場合には、内視鏡で早めに切除しておくことで進行がんへの移行を阻止できるという点で、検診や内視鏡検査が重要になります。
2-3.de novo(デ・ノボ)発がん
もう一つの重要な経路が、de novo発がん(デ・ノボがん)です。
正常な粘膜から直接がんが発生するルートであり、腺腫のような明らかな前癌病変を経ずにがんが形成されます[2,5]。
de novoがんは、一般的に平坦(フラット)あるいは陥凹(かんおう)型の形態で見つかる場合が多く、従来のポリープ状の腺腫とは見た目の特徴が異なることがあります[6]。
また、比較的短期間で深い層へ浸潤する可能性があるとも報告されており、腺腫-がんシーケンスを辿る腫瘍よりも早く進展することが懸念されています[7]。
de novoがんの正確な頻度や危険因子についてはまだ研究段階の要素もありますが、最大で大腸がんの40%程度がde novoルートで発生しているという疫学データも存在します[2]。こうしたde novo発がんの存在が明らかになったことで、大腸内視鏡検査では「ポリープがないから安心」とは言い切れないという認識が広まりつつあります。
2-4.鋸歯状(きょし)病変(Serrated Pathway)
大腸がんには、**鋸歯状病変(serrated lesion)**と呼ばれる別の前癌病変が存在することも近年注目を浴びています。
鋸歯状病変には、過形成性ポリープ(hyperplastic polyp)、セッシル鋸歯状病変(sessile serrated lesion: SSL)、**伝統的鋸歯状腺腫(traditional serrated adenoma: TSA)**などが含まれます。
これらの病変がさらに**マイクロサテライト不安定性(MSI)やCpGアイランドメチル化現象(CIMP)**といった独特の分子生物学的変化を起こすことで、がんへと進行することがわかっています[3-4]。
鋸歯状病変は、特に右側結腸(盲腸や上行結腸)で多く見つかる傾向があります[3]。また、従来の腺腫よりも見た目が分かりにくい場合が多いため、内視鏡検査の際にはより注意深い観察が必要とされます。
3.前癌病変とは何か
3-1.前癌病変の定義
前癌病変とは、がんそのものではないが、将来的にがんへと移行するリスクが高い病変のことを指します。大腸における代表的な前癌病変は腺腫(ポリープ)であり、これに鋸歯状病変や一部の炎症性ポリープなどが含まれます[4,8]。
前癌病変がある段階で内視鏡的に切除することができれば、その後のがん化を阻止することが可能です。この点から、大腸内視鏡検査においてポリープ切除が行われることは、大腸がんの予防に直結すると言えます。
3-2.代表的な前癌病変
腺腫性ポリープ(adenomatous polyp): 大腸ポリープの中でも最も一般的なタイプであり、がん化リスクが高いとされる。腺腫の大きさが大きくなるほど、また異型度が高いほどがん化しやすい。
鋸歯状病変(serrated lesion): 主に過形成性ポリープ、セッシル鋸歯状病変、伝統的鋸歯状腺腫の3種類があり、特にSSLは将来的にがん化するリスクがあるとされる。
4.de novo(デ・ノボ)がんとは
4-1.de novoがんの定義
de novoがんは、既存のポリープ(腺腫)を介さず、正常粘膜から直接にがんが生じる形態を指します[2,5,7]。従来の「腺腫→がん」のフローを踏まずに発生するため、いわゆる“ポリープがあったからがん化した”という段階が確認されません。
4-2.de novoがんの特徴
平坦または陥凹型で発見されることが多い
腸内視鏡検査においても見つけにくい形態をとる場合があり、早期発見が難しいことがあります。比較的短期間で深部浸潤が進行する可能性
腺腫から徐々にがん化するよりもスピードが早いケースがあり、早期にリンパ管や血管へ浸潤しやすいとする報告もあります[6-7]。発見時には既に進行しているリスク
内視鏡検査での発見が遅れると、ステージが進んだ状態で診断されることもあり、治療の選択肢が限られてしまう恐れがあります。
de novoがんの発生頻度に関しては研究によってばらつきがあり、統計的には20~40%といった数値が示されることもありますが、研究手法や定義の違いにより一定ではありません[2,5]。いずれにせよ、「腺腫がないから絶対大丈夫」という認識は危険であり、定期的な検診が欠かせないことに変わりはありません。
5.予防と早期発見のために
大腸がんはいくつかの経路を経て発生しますが、定期的な検診と前癌病変の早期発見・切除が極めて重要です。さらに、食生活をはじめとする生活習慣の見直しも予防につながります[4,8]。
5-1.定期的な検診(大腸内視鏡検査など)
便潜血検査
簡便な検査方法として広く普及していますが、検査の感度には限界があります。また、de novoがんの一部では潜血が検出されない場合もあります。大腸内視鏡検査
もっとも確実性の高い検査方法であり、ポリープや平坦な病変を直接観察し、その場で切除できる利点があります。鋸歯状病変や小さな平坦病変も高性能な内視鏡を使用すれば発見率が向上します。検査間隔の目安
一般的にはポリープが見つかった場合やリスク因子(家族歴、炎症性腸疾患など)がある場合は、医師の指示のもとで定期的に検査を受けることが推奨されています。
5-2.生活習慣の見直し
食物繊維の積極的な摂取
野菜や果物、全粒穀物などの摂取を増やすことで、大腸内の便通を整え、有害物質の腸管内滞留を抑制できると考えられます。適度な運動
ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動を継続することで、腸内環境や代謝が改善すると報告されています[6]。肥満やメタボリックシンドロームの予防
過剰な内臓脂肪は大腸がんのリスク上昇と関連する可能性が指摘されており、体重管理や食習慣の改善が勧められます。過度のアルコール摂取や喫煙の制限
アルコールやタバコは大腸がんを含む多くのがん発生リスクを高める要因の一つとされています。
6.まとめ
大腸がんの発生ルートは複数存在する
最も広く知られる「腺腫-がんシーケンス(adenoma-carcinoma sequence)」
正常粘膜から直接がん化する「de novo発がん」
鋸歯状病変を経由する「serrated pathway」
前癌病変(ポリープや鋸歯状病変)の早期発見・切除が大切
腺腫がん化や鋸歯状病変のがん化を防ぐことが可能
de novo発がんであっても、定期的な内視鏡検査で早期発見できるチャンスがある
定期検診と生活習慣の改善でリスクを減らす
大腸内視鏡検査などの検診を適切な頻度で行うこと
食生活の見直し、適度な運動、肥満予防、禁煙や飲酒制限も重要
大腸がんは早期の段階で発見し、適切な治療を行えば高い治癒率が期待できるがんです。一方で、進行すると手術や化学療法など身体的・経済的負担が大きくなる可能性があります。また、de novoがんの存在によって「ポリープがないから安心」という単純な考えが成り立たなくなってきているため、症状がなくても定期的に検査を受ける習慣を身につけましょう。
今後も研究の進展により、分子生物学的な特徴や新たなリスク因子の解明が進めば、より個別化された予防・診断・治療戦略が期待されます[1,3,8]。大腸がんを取り巻く知見は日々更新されているため、信頼できる医療機関や専門家から最新の情報を入手し、適切なタイミングで検査を受けることが大切です。
引用文献
[1] Daniel, S., et al. “Beyond the Adenoma-Carcinoma Sequence.” British Journal of Surgery, 2021.
[2] Bedenne, L., et al. “Adenoma-Carcinoma Sequence or ‘De Novo’ Carcinogenesis? A Study of Adenomatous Remnants in a Population-Based Series of Large Bowel Cancers.” Cancer, 1992.
[3] Wang, Jiahui, et al. “Single-Cell Transcriptomics Reveals Cellular Heterogeneity and Drivers in Serrated Pathway-Driven Colorectal Cancer Progression.” International Journal of Molecular Sciences, 2024.
[4] Fang, J., et al. “Chinese Consensus on the Prevention of Colorectal Cancer (2016, Shanghai).” Journal of Digestive Diseases, 2017.
[5] Kuramoto, S., et al. “Minute Cancers Arising De Novo in the Human Large Intestine.” Cancer, 1988.
[6] Simon, K. “Colorectal Cancer Development and Advances in Screening.” Clinical Interventions in Aging, 2016.
[7] Jiang, Hua, et al. “Early Colorectal Cancer from ‘De Novo’ Carcinogenesis with Submucosal Invasion: A Case Report and Review of the Literature.” 2021.
[8] Wani, R. “Gene Routes in Colorectal Cancer.” 2018.
[9] Kuramoto, S., et al. “Flat Early Cancers of the Large Intestine.” Cancer, 1989.
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