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【研修医note】肝硬変が招く多因子性貧血と対策
要旨
肝硬変は肝臓の線維化により機能低下を招き、全身に多様な影響を及ぼします。その一つが貧血であり、主に鉄欠乏性、巨赤芽球性、溶血性貧血が複合的に発症します。肝硬変による貧血の主な原因は、門脈圧亢進による消化管からの慢性的出血、脾臓の肥大による赤血球の破壊・貯留、栄養不良やビタミン不足、そして肝機能低下による溶血促進です。これにより患者は疲労感、動悸、めまいなどの症状を呈し、日常生活の質が著しく低下します。予防・改善には定期的な血液・内視鏡検査、バランスの取れた栄養摂取、適度な運動、専門医による治療管理が重要です。初期研修医として、肝硬変患者の貧血を早期に認識し、総合的な治療アプローチを理解することは臨床において非常に重要です。本稿はその詳細を解説しており、ぜひ全文を参照してください。
1. はじめに
私たちの体にとって、肝臓はさまざまな重要な役割を担う臓器です。食事からとり入れた栄養素の代謝・貯蔵、有害物質や古くなった血球の分解、そして血液中のさまざまな成分の産生に関わるなど、多岐にわたる機能を持っています。しかし、この肝臓が慢性的な炎症や障害によって線維化(硬化)が進み、正常な働きが損なわれた状態を「肝硬変」と呼びます。
肝硬変になると、肝臓本来の機能が大きく低下し、体の他の部分にも影響が及ぶことが知られています。その一つとして「貧血」が挙げられます。貧血と聞くと、一般には「赤血球やヘモグロビンが不足している状態」として理解され、めまい・立ちくらみ・疲れやすさなどの症状を思い浮かべる方も多いでしょう。では、なぜ肝硬変になると貧血が起こりやすくなるのでしょうか。
実は、肝硬変における貧血は「鉄欠乏性貧血」「巨赤芽球性貧血(マクロサイト性貧血)」「溶血性貧血」など、複数のタイプが複雑に絡み合って発症することが多いと報告されています[1-3]。そして、その背景には慢性的な消化管出血、栄養不足、脾臓(ひぞう)の肥大による血球破壊の亢進、あるいはアルコールや薬剤による骨髄抑制など、さまざまな原因が考えられます[2,4,5]。本コラムでは、肝硬変と貧血の関係をより深く理解するために、まずは肝硬変と貧血それぞれの概要をおさらいしたうえで、どのような仕組みで貧血が引き起こされるのか、さらに貧血を予防・改善するために日常生活で注意できるポイントについて解説していきます。
2. 肝硬変と貧血の関係
2-1. 肝硬変とは
肝硬変とは、ウイルス感染(B型・C型)、アルコールの過剰摂取、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)など、さまざまな要因によって肝臓に慢性的な炎症が生じ、組織が線維化して硬くなり、肝機能が著しく低下した状態を指します。肝硬変になると、以下のような特徴的な問題が起こりやすくなります。
門脈圧亢進(もんみゃくあつこうしん)
腸から肝臓へ血液を運ぶ門脈系の圧力が上昇し、血液がスムーズに肝臓へ流れにくくなる。食道や胃の静脈に負担がかかり、静脈瘤が形成される原因になる。肝合成機能の低下
アルブミンや凝固因子など、肝臓で作られるタンパク質の合成が十分に行えなくなる。血液が固まりにくくなることで出血リスクが高まる。解毒作用の低下
アンモニアなど体内の有害物質を無毒化する機能が弱まり、肝性脳症(意識障害・神経症状など)を引き起こすこともある。
これらの肝硬変特有の病態が、最終的に全身への影響を及ぼしやすくなり、その一環として貧血を発症するケースが多いのです。
2-2. 貧血とは
一方、貧血とは赤血球または赤血球中のヘモグロビンが不足した状態を指します。赤血球の役割は酸素を運ぶことであり、体内に十分な酸素を供給するためには適切な量と質の赤血球が必要です。もし赤血球が不足すると、息切れ・疲れやすさ・集中力の低下・めまいなど、多様な症状が現れます。
肝硬変による貧血では、慢性的に赤血球やヘモグロビンを失う「鉄欠乏性貧血」や、ビタミンB12や葉酸不足によって引き起こされる「巨赤芽球性貧血」、そして赤血球が破壊されてしまう「溶血性貧血」などが代表的なタイプとして知られています[2,5-7]。次の章では、これらの貧血がどのように肝硬変に関連しているのかを解説していきます。
3. 肝硬変で貧血が起こる主な原因
3-1. 消化管からの慢性的な出血
肝硬変では門脈圧が高まるため、食道や胃の静脈に過剰な圧力がかかり、静脈瘤(食道静脈瘤・胃静脈瘤など)が形成されやすくなります[5]。これらの静脈瘤は壁が薄くなっているため、ちょっとした刺激や血圧の変動で破裂・出血を起こしやすい特徴があります。仮に大出血を起こせば命に関わる事態にもなり得ますが、そうでなくても少量の出血が慢性的に続くことで、気づかないうちに血液中の鉄や赤血球が失われる「鉄欠乏性貧血」へとつながっていきます[2,5]。
さらに、肝硬変が進むと出血傾向が強まる要因が重なります。肝臓で生産される凝固因子の減少や血小板減少によって血液が固まりにくくなることも、持続的な出血リスクに拍車をかけます。その結果、体内で作られる赤血球より失われる赤血球のほうが多くなり、徐々に貧血が顕在化してくるのです。
3-2. 脾臓の肥大(脾腫)による赤血球の破壊・貯留
門脈圧亢進が起こると、血液が肝臓へ円滑に流れにくくなるため、一部の血液が脾臓に滞留してしまうことがあります。すると脾臓が大きく腫れる「脾腫(ひしゅ)」と呼ばれる状態が起こりやすくなります。
脾臓は古くなった赤血球を破壊・除去する機能を担う臓器ですが、肥大した脾臓は過剰に赤血球を処理してしまう場合があります[3,6]。また、脾臓内に大量の血球が貯留されることで、末梢血中の赤血球数が減少し、貧血が深刻化することも少なくありません。
3-3. 栄養不良やビタミン不足
肝硬変が進むにつれて、体内の栄養バランスも崩れやすくなります。特にアルコール性肝疾患の方は食事の偏りや吸収障害などにより、鉄や葉酸、ビタミンB12などの赤血球生成に必要不可欠な栄養素が不足しがちです[5-7]。その結果、骨髄での赤血球産生が滞るため、「巨赤芽球性貧血(マクロサイト性貧血)」のリスクが高まります。また、総たんぱくやアルブミンが十分に作られないことで、貧血が起きた際の回復力も低下する恐れがあります。
さらに、アルコールそのものや一部のウイルス性肝炎治療薬が骨髄抑制を引き起こし、赤血球の産生を阻害するといった報告もあり、重複する要因が一層貧血を悪化させる原因ともなり得ます[2,5,7]。
3-4. 溶血の促進(spur cell anemia など)
肝機能が極度に低下した患者さんでは、赤血球の膜が異常に変化し、いわゆる“spur cell(スパーセル)”と呼ばれる形態をとることがあります。このspur cellは脾臓で破壊されやすく、結果として溶血性貧血を引き起こします[7]。このような溶血性貧血は重症肝疾患の患者さんにおいて致死的リスクを高めるともいわれ、予後を大きく左右し得るため、早期発見と対処が求められます[4,7]。
4. 症状と日常生活への影響
4-1. 貧血の症状
貧血が進行すると、全身の酸素供給量が不足するため、下記のような症状が起こりやすくなります。
疲れやすい・倦怠感
体を動かすエネルギー源となる酸素が不足し、日常生活の中でも動くのがおっくうになる。動悸・息切れ
少しの運動でも酸素を確保しようと心拍数が上がり、呼吸が苦しくなる。めまい・立ちくらみ
脳への酸素供給が滞りやすくなり、起立時に一時的な血圧低下からめまいが起こる。顔色が悪い・唇が青白い
血液中のヘモグロビン量が減ることで、皮膚や粘膜の色が薄く見える。
さらに、肝硬変そのものが招く症状(腹水や黄疸、むくみ、食欲不振など)と重なり合うと、日常生活の質が著しく低下する可能性があります。
4-2. 日常生活への影響
肝硬変に伴う貧血は、軽度から中等度であっても体力・集中力の低下を招き、仕事や家事、外出などの活動量が制限されることが少なくありません。特に高齢の方や合併症の多い方では、ちょっとした外出や運動でも大きな負担となり、閉じこもりがちになることで筋力や心肺機能の低下が進む“悪循環”に陥るケースもあります。
また、肝硬変の患者さんは食道静脈瘤のリスクを抱えているため、貧血による立ちくらみや転倒などで腹部や胸部に強い圧がかかった場合、稀に出血リスクを高めることも考えられます。こうした日常生活の中のリスク管理も重要な視点といえるでしょう。
5. 貧血を予防・改善するためにできること
5-1. 定期的な血液検査と内視鏡検査
肝硬変の患者さんは、定期的に血液検査を受けることで貧血の進行度合いを把握することが大切です。特にヘモグロビンやヘマトクリット値、さらに鉄やフェリチン、ビタミンB12、葉酸などの栄養状態を調べることで、貧血のタイプや原因を特定しやすくなります[5]。
また、肝硬変では門脈圧亢進の影響で消化管出血が起こりやすいため、内視鏡検査(上部消化管内視鏡や大腸内視鏡など)によって出血源の有無や静脈瘤の状態を定期的にチェックし、必要に応じて早期治療(止血治療、静脈瘤硬化療法や結紮術など)を行うことが、貧血対策にもつながります。
5-2. 栄養バランスのとれた食事
肝硬変の患者さんは、アルコールや高脂肪食など肝臓に負担をかける生活習慣を見直すとともに、鉄やビタミンB12、葉酸など赤血球生成に欠かせない栄養素をしっかり補給する必要があります。動物性たんぱく質を適度に摂取しつつ、新鮮な野菜や果物、豆類、海藻などもバランスよく組み合わせると良いでしょう。また、塩分制限が必要な場合は管理栄養士や医師の指導を仰ぎ、無理のない範囲で栄養を補う工夫が求められます[5,6]。
5-3. 休養と適度な運動
貧血が進行すると体力が落ちやすいため、十分な休養は欠かせません。しかし、過度に安静にしすぎると筋力が低下し、日常生活での活動がさらに制限される場合もあります。ウォーキングや軽いストレッチなど、有酸素運動を中心に無理のない範囲で身体を動かし、血行を促進しながら体力を維持することが望ましいといえます。
運動の種類や強度は個々の体調や肝機能の状態によって異なるため、担当医や専門家と相談しながら計画的に進めていくことが大切です。
5-4. 専門医の受診・投薬管理
肝硬変と貧血の状態を総合的に評価してもらうため、消化器内科や肝臓内科、必要に応じて血液内科など、専門医との連携が不可欠です。慢性的な出血が疑われる場合は内視鏡的処置や貧血の程度に応じた鉄剤の投与、エリスロポエチン製剤などの使用が検討されることもあります[5]。また、肝硬変の原因となっている基礎疾患(ウイルス性肝炎、アルコール性肝疾患など)に対して適切な治療を行うことも、貧血改善への第一歩です。
特にアルコール性肝硬変では、アルコールの断酒が最も重要な治療法となり、断酒を継続しながらビタミン補給や栄養管理、生活習慣の見直しを徹底することで、貧血だけでなく肝硬変の進行自体を抑える可能性があります。
6. まとめ
肝硬変になると、消化管出血や脾臓の肥大による血球破壊、栄養不良、そして赤血球の膜異常(spur cell anemia)に代表される溶血など、さまざまな要因が絡み合って貧血が生じやすくなります[2,4-7]。実際、肝硬変に伴う貧血は「鉄欠乏性貧血」「巨赤芽球性貧血」「溶血性貧血」など、複数のタイプが同時に発症する「多因子性の貧血」であるケースも多いため、正確な診断と複合的な治療アプローチが重要となります[1-3,5]。
具体的には、慢性的な出血を防ぐ内視鏡検査・処置や、鉄やビタミン類の適切な補給、肝硬変を引き起こす基礎疾患の治療など、多方面からのアプローチが必要です。患者さん自身も日常生活において、過度なアルコール摂取を控える、栄養バランスに注意する、無理のない範囲で適度な運動を取り入れるなど、貧血を悪化させない工夫を継続的に取り組むことが大切です。
肝硬変と貧血はともに慢性に進行し、気づかないうちに深刻な段階に至ることもありますが、日頃からの定期検査や症状のセルフモニタリングを行い、早期発見・早期対応に努めることで、生活の質(QOL)を維持しながら疾病の進行を食い止められる可能性があります。医師や管理栄養士をはじめとした医療従事者と密に連携し、自分の体調に合わせたケアを選択していくことが、貧血の予防・改善、ひいては肝機能の保持と健康寿命の延伸につながっていくでしょう。
引用文献
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Manrai, M. et al. “Anemia in Cirrhosis: An Underestimated Entity.” World Journal of Clinical Cases, 2022, https://doi.org/10.12998/wjcc.v10.i3.777
Intragumtornchai, T. et al. “Anemias in Thai Patients with Cirrhosis.” International Journal of Hematology, 1997, https://doi.org/10.1016/S0925-5710(96)00558-0
Privitera, G. et al. “An Unusual Cause of Anemia in Cirrhosis: Spur Cell Anemia, a Case Report with Review of Literature.” Gastroenterology and Hepatology From Bed to Bench, 2016, https://doi.org/10.22037/GHFBB.V0I0.880
Singh, S. et al. “Association of Liver Cirrhosis Severity with Anemia: Does It Matter?” Annals of Gastroenterology, 2020, https://doi.org/10.20524/aog.2020.0478
Marginean, C. et al. “Diagnostic Approach and Pathophysiological Mechanisms of Anemia in Chronic Liver Disease—An Overview.” Gastroenterology Insights, 2023, https://doi.org/10.3390/gastroent14030024
Raffa, G. et al. “The Diagnosis Is in the Smear: A Case and Review of Spur Cell Anemia in Cirrhosis.” Case Reports in Hematology, 2021, https://doi.org/10.1155/2021/8883335
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