J.S.ミルの質的功利主義とone size fits allへの反発


彼は以前の投稿で紹介した哲学的急進主義の1人であるジェームズ・ミル(父ミル)の息子です。

当然ミルは哲学的急進主義の影響を受けますが、彼の課題はその批判的継承でした。

父ミルの主張は社会の快楽の増大であり、そのためには普通選挙権を認めて民衆の利害を政治に反映すべきだというものでしたが、女性の参政権には否定的でした。

ミルはここに反対し、複数の著作を通じて自らの功利主義体系を築きます。

1.人間性の真実により深く迫った功利主義哲学の確立

2.私有財産を自明の前提としない経済の確立

3.女性参政権を含む新たな政治理論の確立

人間性の真実により深く迫った功利主義哲学の確立

この課題は『論理学体系』、『功利主義』という著作で考察されます。

『論理学体系』は方法論の著作で、「逆の演繹法」を提唱します。

仮説(理論)が指示する個別の結果や実験について本当の意味で検証するのは不可能です。誰もが認める歴史上の事実を普遍的な人間本性によって説明するというのが「逆の演繹法」です。

演繹法とは、普遍的な真理から出発して個別の具体例を説明しようとします(普遍→個別)。「逆の演繹法」は個別の事実を発見しそれを普遍的な真理(この場合は人間本性)から説明しようとします。順序が逆なのです。

「逆の演繹法」に則ってミルは「功利主義」を書き上げます。

ミルにとっても人間本性は「快を好む・苦痛を避ける」ので、個人や統治者の道徳律は社会の幸福の最大化です。ここは、父ミルたち哲学的急進主義と共通です。

ミルに特有なのは快楽に質的尺度を導入したことです。ミルによれば感覚的な快楽よりも、道徳的・知的快楽の方が望ましいそうです。

ただし、突き詰めれば各快楽の質は個人の内的体験でしかありえませんし、尺度は人それぞれです。このあたりは、様々な快楽の質的比較を十分に行えない貧困層への支援を求める書き方だとされることもあります。

私有財産を自明の前提としない経済の確立

ミルは『経済学原理』という著書でこの問題に取り組みます。

アダム・スミスをはじめとする古典派経済学を「生産の法則」と「分配の法則」を自然法則だと勘違いしていると述べました。「生産の法則」とは、資本家が資本蓄積を行い生産量を増大させていくプロセスです。その一方、「分配の法則」は資本蓄積を行いたい資本家と待遇を良くしたい労働者の間で利潤の分配の対立が起こることを指しています。

ミルによると、「生産の法則」は自然過程かもしれないが、「分配の法則」は資本家と労働者の交渉によって変えていけるのではないかと考えました。

ミルは生産力がこれ以上伸びない「定常状態」を想定します。マルクスの「資本論」でも「利潤の傾向的低下」が指摘されていました。このあたりの問題意識は共有しているのです。

マルクスが最終的に労働者による資本家への革命が起こると予測したのに対して、ミルは資本家と労働者の自由な選択によって社会形態が取り決められると考えました。

その社会形態はいわゆる社会主義かもしれないし現代の福祉国家に近いものになる可能性もあります。ポイントは資本主義と社会主義の適切な比較を行うことです。ミルの時代は資本主義の悪の部分(格差や都市貧困)がよく見える時代でした。その反動で社会主義は理想的なユートピアとして考えられています。これでは適切な比較とは言えません。現代では市場経済や開発援助によってグローバルレベルで貧困は改善傾向にあります。そのような資本主義が良いように働いたことも吟味して、社会形態の選択が行われるべきだというのがミルの主張です。

女性参政権を含む新たな政治理論の確立

ミルは『自由論』にてこの問題に取り組みます。

執筆の動機に「多数者の専制」への嫌悪があります。「多数者の専制」とは数の力によって少数意見が顧みられず押さえつけられることです。

ミルはたとえ少数意見でも他人の自由を奪っていなければ認めても良いのではないかと考えます。

これは「他者危害原則」と呼ばれます。言い換えれば、他者の行動に干渉できるのは、他者が自分に暴力を加えようとしているときに自分がそれを阻止しようとして相手にフィジカルな手出しをするような場合、つまり正当防衛の場合だけであって、それ以外の場合は他人に害を与えないのだから本人の自由に任せて放っておくべきだということです。

ここから「表現の自由」などが導き出されます。考えを表明するだけでは身体的な危害が起こらないからです。ただし、ミルの議論はどこからが「他者危害原則」に抵触するのかは明らかにされていません。

突き詰めればこの線引きも個人の決定に委ねられる可能性があります。ミルはone size fits allな社会像を否定していたからです。「他者危害原則」を掲げ「多数者の専制」を防ごうとしたのはそのためです。「定常状態」において資本家と労働者が社会形態についての自由な決定を行ったように、「他者危害原則」の適用についても当事者同士の交渉が要請される可能性はありそうです。

参考文献
Routledge companion to Social and Political Philosophy 2016 Routledge
坂本達哉 社会思想の歴史 2014 名古屋大学出版会
一ノ瀬正樹 英米哲学史講義 筑摩書房

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