ルトワックの戦略論
イントロダクション
こんにちは、こんばんは、おはようございます!Renta@マレーシアから国際関係論について考える人です!
ここ数回に渡って、地政学の古典について書いてきました。地政学には、不変の地理における国家同士のパワー争いという側面があります。
今回は、地理ではなくパワー争いを観察する時に有用な理論を紹介します。それが世界三大戦略家と呼ばれるルトワックのパラドキシカルロジックです。
国家のパワー争いには、戦場~戦略~外交など様々なレベルが考えられます。それらのレベルすべてに適用可能なのが、ルトワックのパラドキシカルロジックです。それでは早速見ていきましょう。
理論編:ルトワックのパラドキシカルロジック
まずは、ルトワックが理論的に何を言っているのか探ります。
パラドキシカルロジックを通じてルトワックが伝えたいことは、以下の方針です。
この方針は常識で考えたらおかしいと思います。具体的に言えば、痩せたいなら(=Aを欲するなら)、たくさん食べて運動不足になれ(それに反するBのための努力せよ)ということになるからです。
国家の例に寄せれば、戦争に勝ちたいなら軍隊を弱くしろと言っているようなものです。
ルトワックがこのように矛盾する(パラドキシカル)なことを言うのは、戦時と平時だとロジックが異なるということを伝えるためです。
平時であれば目的や目標に対して、適切で効率的な手段を取ることが良しとされます。
戦時だとなぜそうならないのか。ルトワックの言葉を聞いてみましょう。
どういうことかと言うと、戦時には敵国が必死に抵抗してくるから、目的に対して一見効率的な手段を取るとかえって非効率になる、ということです。
何故ならば敵国も戦いながら思考しているので、自分が攻められたら嫌なところは分かっています。だから、そこを守るためにリソースをつぎ込みます。すると、自国がここが敵国の弱点だ!と思って攻めたところに、敵国のリソースがつぎ込まれていて負けてしまう、ということが起きます。
ルトワックは、直線と悪路の例を使って説明します。
敵国のアジトに向かってまっすぐな道から攻めることは容易です。しかし、そのような道は敵国も兵を置きやすいので、正面衝突が起きます。しかも、これで五分なわけではありません。
なぜなら、防衛する敵国は自分の土地を守るため勝手を知っているし、生まれた土地を奪われたくないので士気が高いです。つまり、必死に抵抗してきます。
これに対して、悪路は基本的に兵が置かれません。だからこそ、敵の陣地に忍び込むことができる可能性が残ります。
ここまでをまとめた引用が以下です。
また、一見優勢に見える攻めも上記のように劣勢に追いやられる可能性を秘めています。このことを指摘して、ルトワックは次のように言います。
それでは、このパラドキシカルロジックを克服するためにはどうすればいいか。パラドキシカルロジックを引き起こしているのは、敵国の抵抗なのでそれをキャンセルできれば良いのです。
大まかには2つの方針があります。敵国の意志を挫くことと、敵国の抵抗を無視できるレベルのパワー差をつけることです。
敵国が抵抗しようと思わなければ、パラドキシカルロジックは発生しません。また、抵抗されてもデコピンでドミノを倒すように相手をなぎ倒せるくらいパワー差があれば、抵抗に意味はありません。
各国の将軍や外交官や統治者は、様々なレベルで相手の抵抗をキャンセルするために動くべきで、それには「戦争においては、もしAを欲するならそれに反するBのための努力をせよ」ということも必要になるとルトワックは考えているようです。
応用編:パラドキシカルロジックから何が言えるか
ルトワックの理論を見てきましたので、実際にどんなことが言えるかを国家のパワー争いの様々なレベルで見てみましょう。
戦術レベル:奇襲の効果
まずは、戦場で起こっている戦術レベルです。
ルトワックによると、奇襲はやり方次第でパラドキシカルロジックを停止させる有効な手段と考えています。
何故かと言うと、奇襲は相手が思ってもいなかったところから攻めるということなので、奇襲が成功してからしばらくは思考停止かパニックに陥ります。その間は抵抗が難しいので、敵国の基地を制圧することが容易になるのです。
もちろん、奇襲部隊に隠密行動させるコストや、奇襲が不成功に終わった時に奇襲部隊が敵国に捕縛されるリスクはあります。そのあたりのバランスが取れた場合、奇襲は上記の理由で有効な手段だとルトワックは考えています。
戦略レベル:勝ちパターンの変更
今度は、戦場で起きていることを少しメタに見てみます。
事例に取るのは中東戦争におけるイスラエルです。
中東戦争は、イスラエルの国家としての正当性やパレスチナ問題を巡って、イスラエルと周辺のアラブ諸国が数度にわたって激突した戦争です。
多勢に無勢だったイスラエルは、中東戦争にほとんど勝っています。その要因の1つとして、イスラエルが奇襲が得意だったことがあります。イスラエルにとって奇襲は勝ちパターンだったのです。
しかし、アラブ諸国もイスラエルに抵抗しようとします。イスラエルの奇襲に対策できるようにしたのです。苦境に立たされたイスラエルがどうしたのかというと、正面から侵攻しました。つまり、勝ちパターンを捨てたのです。
敵国のアラブ諸国は、イスラエルは悪路から攻めてくるいわゆる奇襲をしてくるだろう、と考えていました。だから、イスラエルの正面からの侵攻が”奇襲”となりえたのです。
大戦略レベル:戦争と平和の相互関係
最後に、外交や国際政治が起こる大戦略レベルにおいて、戦争と平和の関係について考えてみましょう。
ルトワックによると、平和は戦争の原因であり、戦争は平和の原因であるそうです。かなり逆説的な(パラドキシカル)なことを言っています。まずはルトワックの言葉を見てみましょう。
戦争がいつ終わるかと言うと、敵国との力関係に決着が着いた時だと言えます。自国が敵国より強いと示せたら勝ちです。逆であれば負けです。
戦後においてはその序列は形式上は維持されます。しかし、平和な時代というのは経済的な繁栄を伴うものです。戦争によって決まった序列と平和における繁栄具合は、必ずしも一致しません。経済的な繁栄は、潜在的に軍事力の増大につながるので、戦争によって決着した序列が崩れる可能性があります。
もしかつての敗戦国の戦後の繁栄が戦勝国より大きかったとしたら、敗戦国は序列に不満を持ち、戦勝国は敗戦国の繁栄を脅威に感じます。
逆に言えば、戦争とは平和な時代に歪になってしまった序列を組みなおし、平和へと向かうプロセスだということです。また、そもそも戦争を起こせるのは、平和な時代に蓄積されたリソースを使っているからなので、戦争を通してそのリソースを消費しきれば、戦争は終わり平和に向かいます
まとめ
ルトワックのパラドキシカルロジックの理論と応用について見てきました。
彼が伝えたいことは、国家のパワー争いには敵国の抵抗が付き物なので、そこをキャンセルできるように動けというものです。
最後に、ルトワックの視点でアメリカの外交について見ておきます。
アメリカは民主主義の国で、共和党と民主党の対立が激しいです。場合によっては、選挙の結果で外交政策が大きく変わってしまうので、一貫した戦略を持つことが難しいところがあります。また、戦争で死者が出ることに対する国内からの非難がとても多いので、踏み込んだ戦争を行うことは困難です。
アメリカの圧倒的なパワーを持ちながらも、主に国内要因によって一貫した戦略を持てないことによって、かえって反米同盟が大々的に形成されることが防がれていると、ルトワックは見ていました。
今回依拠した『エドワード・ルトワックの戦略論』はかなり前に書かれたものなので、当然ウクライナ-ロシア紛争や米中対立に関する言及はありません。しかし、ニュースを見ながら国家のパワー争いを洞察する一助になるはずです。
最後までお読みいただきありがとうございました!
参考文献
E.ルトワック. 武田康裕(訳). 塚本勝也(訳).エドワード・ルトワックの戦略論. 毎日新聞出版社.