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漂白された社会で子供たちはどう生きるのか?

初めに

私は高校三年生から現在(大学四年生)まで家庭教師を続けている家庭教師Kです.普段は家庭教師に関する記事を書いています.

私は数か月間,小学生の見守りのアルバイトとして働いていました.その中で感じた小学生に対する教育への”気持ち悪さ”を書いていこうと思います.

勿論,すべての施設が以下のような状況であるわけではないと思います(そうあってほしい).しかし,私が見た現状を書いていければと思います.

指導者は親が怖い

施設は子供の親からお金を取って,施設の運営をしています.ゆえに,顧客である親の意見を取り入れるのは尤もなことです.ただ,親の意見を過度に恐れ,事なかれ主義の施設運営がなされているような気がします.

私は施設側に責任があるとは思いません.施設が(過度に施設の方針に合わない意見を言う)親を追い出すことが出来ない制度設計に問題があると思います.

以下に私が驚いた施設運営の話について書きます.

グラウンド遊びについて

グラウンド遊びにおけるルールの一つとして以下のようなものがあります.

「飛んで行ったボールは指導者が取りに行く」

私がいた施設では,グラウンドをコーンで区切っていました.例えば,コーンの右側はサッカー,コーンの左側は野球のような形です.サッカーボールが野球のエリアに入った場合,子供は野球のエリアにボールを取りに行ってはならなりません.代わりに指導者が野球のエリアにボールを取りに行きます.

このルールはボールを取りに行った子供とボールが入ったエリアで遊んでいた子供の衝突を避けるためだそうです.

この子供たちはコーンもない,ボールを拾いに行く人もいない公園などで遊ぶときはどうするのでしょうか.どのようにボールを拾いに行くか,どのようにしたらボールが飛んでいかないか,などを考えて遊ぶ力をつけるほうが有益だと考えます.

終戦の日の黙祷について

たまたま私は終戦の日(8/15)に施設のシフトに入ることがありました.黙祷などをするのかと思いましたが,社員の方が少し話をしただけで終わってしまいました.

社員の方に聞いてみると,以前は黙祷をしていたそうです.しかし,(多様性の時代といいますか)一部の親から子供に黙祷をさせたくないという意見(日本軍も残虐なことをしたんだから...…)が飛んできたそうです.施設側としても諸々説明はしたそうですが,結局施設が謝ることで終結したらしいです.

社員の方も平和学習の大事さは重々承知しているようですが,「二度とあのようなことになるのは御免だ」と言っていました.

学校側でも平和学習の機会は少ないらしく,子供は全く第二次世界大戦について知りませんでした.サッカーの試合の結果でも聞くかのように「日本とアメリカどっちが勝ったの?」と聞かれた時は背筋が凍りました.

最後に

改めてになりますが,施設の職員が悪いという話ではありません.施設の職員さん達はとても一生懸命に仕事をしてくれています.子供のことをよく案じている方ばかりです.
ただ,私が感じる限り,この漂白された環境で育つ子供たちの未来が心配です.

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