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ぽん太の甲州街道歩き旅(3)下布田宿(調布)→日野宿

こんにちは。ぽん太です。GWに入りましたが、いろいろ予定が入っているので1日のみ、調布より先に進みます。


旅日記

布田五宿

2024年4月30日。前回の終着地調布駅を8:40出発。国領から布田(上・下)・石原(上・下)にかけては、布田五宿と呼ばれる5つの宿場があり、1月の間当番制で問屋業務を回していた。甲州街道の宿場は結構このような宿が多い。利用する大名が限られていたため、兼業で問屋業務を営むところが多かったのだ。

さて、旧甲州街道沿いに歩みを進めると、小島の一里塚跡がある。フェンスの裏で字が半分見えないが、立派な碑が建っている。日本橋から6里の地にある。かつては立派なエノキの大樹があったようだが、危険防止のため昭和40年に伐採されたとある。残念。


調布はいま映画の街で売り出し中


小島の一里塚跡(日本橋より6里目)


石原
に入ると新選組ののぼりを見かけるようになる。それもそのはず、新選組局長近藤勇の生誕の地だからだ。西光寺には近藤勇座像があり、拝見することに。
また、このあたりは、立派な古民家がところどころ残っており趣深い。

近藤勇座像(西光寺)


近藤勇は上石原生まれであった。この座像建立委員会代表はひょっとしたら、あの土方歳三の子孫なのだろうか。


いい感じの古民家が昔の甲州街道の面影を残す


飛田給
からは江戸初期の甲州道中(品川道)に入る。こちらの方が交通量が少なく歩きやすい。また街道沿いのツツジの花も満開で歩きにもってこいだが、だんだん暑くなってきた。
そして10時すぎ、常久の一里塚碑に到着。立派な石碑が残されている。

途中、品川街道に寄り道


畑も多く、歩きやすい、


ツツジも見ごろだ


常久の一里塚碑(日本橋より7里目)

府中宿

京王線東府中駅でまた旧甲州街道に合流し、府中宿に入る。そういえば、高井戸2宿・布田5宿はほとんど史跡らしいものがなかったが、府中に入ってはからところどころ解説した石柱が残っており、宿場町ムードが出てくる。府中宿は、番場町・本町・新宿の3宿があり、大きな宿場町であったようだ。

10:40大国魂神社に到着。少し神社まで立ち寄ってみる。大国魂神社は武蔵国の鎮守と創建され、府中に国府が置かれるようになると武蔵総社となり、歴代の支配者からも手厚い保護を受けていたためか、大きな神社である。GWということもあり、参拝客も多い。ちょうど5月5日から「くらやみ祭」という祭りがあるようで、準備に大忙しのようだ。

東府中駅で京王線を横切る


府中宿新宿の跡。今は公園になっている。


大国魂神社


大国魂神社本殿


武蔵国府跡

11時過ぎ、府中高札場跡。高札場とは、禁制・掟などを広く伝えるために掲げた場所で、立派な高札場が残されている。また道の向かいには、中久茶店の古民家が宿場町の雰囲気を醸し出している。

高安寺の立派な山門を拝見したらもう11:30なので、今日のランチ場所をさがす。京王線を横切ったところにちょうど蕎麦屋を発見、入ることに。今日はけっこう暑いので、「なめこおろしせいろ」を食す。冷たくてうまい!


府中高札場跡


中久茶店


府中郷土の森公園まで伸びる遊歩道

府中郷土の森公園には博物館↓やプラネタリウム・梅林などもある。10年ほど前に訪れたことがあるが、とてもよい公園だ。


高安寺の山門


ふるたのなめこおろしそば。本格的な手打ちそばでおいしい。

お腹もいっぱいになったところで、また歩き始めると、なにやら立派な門構えのおうちがある。内藤家冠木門といい、本陣の表門を移築したもののようだ。残念ながら中は入れないのだが、門をみるだけでも一見の価値はある。そして本宿町から久しぶりに国道20号線と合流。日本橋から33kmポストを発見。

また、甲州街道沿いでも秋葉山常夜燈をあちこちでみかける。東海道を歩いていた時は、静岡県から愛知県にかけて多くみかけたが、都内でもあったとは驚きだ。秋葉山というのは江戸時代、全国的な火防の信仰の地であったことがわかる。


内藤家冠木門


本宿より久しぶりに国道20号線へ合流


日本橋から33km地点


秋葉山常夜燈

谷保

12:30谷保天満宮の境内で小休止。国道の交通量に参り始めたので、一本南の脇道を進むことにしたが、大正解。車も少なく、田園風景を楽しめ、快適、快適。
Google mapをみると矢川の近辺で「ママ下湧水」と出ていたので、行ってみることに。このあたりは高さ8mくらいの段丘崖があり、地下水が湧き出ているということで、崖のことを「ママ」とも呼ぶらしく、こういうネーミングがついたようだ。そういえば、国分寺界隈を散歩していたら↓結構湧水があったが、武蔵野のこのあたりは自然が豊かなのだ。


谷保天満宮


少し脇道に入ると、歩くには快適な道だ


ママ下湧水とは


ママ下湧水


青柳稲荷神社を過ぎると、多摩川とご対面。そして14時日野の渡し場跡に到着。かつては多摩川には橋がなかったので、舟渡しで渡船していたのだ。さすがに今は舟渡しはないので、立日橋を渡る。すると上はモノレールが走り抜けていった。

多摩川


日野の渡し碑


立日橋を渡っていると、モノレールが通過

日野宿

橋を渡り切ると、日野宿に入る。日野も土方歳三や井上源三郎等の生誕の地ということで、新選組関連の看板が多い。ちょうど、5月11日・12日に「ひの新選組まつり」が行われるようだ。

14:30日野宿本陣に到着。立派な本陣が残されている。本陣とは、身分の高い者が泊まった宿場のことで、本陣のあった佐藤家は土方歳三の親戚筋にあたるようだ。東海道では由比(静岡県)・二川(愛知県)・草津(滋賀県)に立派な本陣が残されていたなあ。
そして向かいの日野宿交流館で、日野の歴史について学ぶ。
このあたりは昔ながらの蔵など残されており、宿場町の雰囲気が漂う。

日野に入る


日野宿本陣


本陣の中


日野宿交流館


歴史的建造物か


「藤屋」の屋号を掲げた古民家


風流な御家


そして15:30JR日野駅に到着。日野駅の駅舎は民家風の粋な建物である。
それにしても今日もよく歩いたわ。

JR日野駅


駅前にある日野宿マップ

記録

  • 総歩数:31,583歩

  • 実際に歩いた距離:18.9km

  • 訪れた宿場:下布田宿・上布田宿・下石原宿・上石原宿・府中宿・日野宿

  • 宿泊:なし

本日の行程

おわりに

甲州街道もようやく府中宿あたりから昔の宿場町の雰囲気が出てきました。またこのあたりは近藤勇や土方歳三らの故郷でもあり、新選組の史跡なども残されています。まさに歴史を味わえる街道でもありました。
最近猛暑化する6月~8月にかけてアスファルトを歩くのは、古狸にとってはかなりきつくなってきましたので、次回は少し秋になって再会したいと思います。では、ごきげんよう。

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