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お稲荷さんの謎(稲荷信仰の古層)

この記事では、千本鳥居で有名な京都の伏見稲荷大社に鎮座なさっている商売繁盛の神様である稲荷大明神(お稲荷さん)と眷属(神の使い)であるきつねさん、稲荷信仰について「聖地」をキーワードとして考察していきます。稲荷信仰には謎が多く、不明な点がまだまだ残っています。記事ではまず文化庁が示す神社の総数とそのうちの3分の1を占める5つの信仰に言及し、稲荷信仰がいかに地域に根付いているのかを考えていきます。

序、神社の総数と稲荷信仰


文化庁の平成26年度の最新の統計「宗教関連統計に関する資料集」によると平成25年の時点での神社の総数は81,235であると報告されています。そのうちの3分の1は武運長久を祈願する八幡信仰を筆頭に、皇室ゆかりの伊勢信仰、学問の神様の天神信仰、商売繁盛の稲荷信仰、世界遺産熊野古道で有名な熊野信仰の5つの信仰がその大半を占めています。小規模な祭祀を含めるならば八幡と稲荷はその二大勢力といってもよいでしょう。実際に地域の神社の摂社・末社にはほとんど必ずと言っていいほど稲荷神社が祀られていますし、旧家などのお庭にはお稲荷さんの祠が祀ってあるのをよく目にします。これほどまでに数多く勧請され、地域に根差した信仰でありながら、お稲荷さんについてはまだまだ不明な点が多く残されています。専門家ですら稲荷信仰は難問中の難問であり、お稲荷さんにお仕えするご神職ですらその全貌を把握できていないという話もあります。いったいそのパワーの源はどこにあるのでしょうか?

1,稲荷信仰を考える


稲荷信仰の総本社は概要に述べたように京都の稲荷山に鎮座なさっている伏見稲荷大社です。その主祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とされており、稲荷大神(稲荷大明神)は、この神格に加えて佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)のご祭神からなる「総称」であると言われています。また、この宇迦之御魂神の神格は伊勢外宮(げくう)に祀られる豊宇気比売神(とようけひめのかみ)=保食神(うけもちのかみ)=大宜都比売神(おおげつひめ)といった神々の別名であるとも説明されます。
その神格を説明することは困難です。ただしそれを読み解くカギとして、神名に含まれる「ウカ」「ウケ」「ケ」といった古代語に含まれる穀霊(こくれい:食物=稲の神)としての性格は共通しているようです。神格=神名は歴史的な変遷によって変わっていきますが、稲荷の穀霊に関する信仰は変化しつつも維持されてきたと考えるのがすっきりします。

2,聖地としての稲荷山


信仰の形は時代とともに移ろいでゆくものですが、信仰の中心となる場は今も昔も変わりません。それはほかならぬ霊場稲荷山でした。

風土記に云はく、伊奈利と稱(い)ふは、秦(はたの)中家(なかつへ)忌寸(いみき)等が遠つ祖、伊侶具(いろぐ)の秦(はたの)公(きみ)、稻粱(いね)を積みて富み裕ひき。乃ち、餅を用ちて的と爲ししかば、白き鳥と化成(な)りて飛び翔りて山の峰に居り、伊禰奈(いねな)利(り)生(お)ひき。遂に社の名と爲しき。其の苗裔に至り、先の過を悔いて、社の木を拔じて、家に殖ゑて禱み祭りき。今、其の木を殖ゑて蘇きば福(さきはひ)を得、其の木
を殖ゑて枯れば福あらず。
(秋本吉郎校注、古典日本文学大系『風土記』岩波書店、昭和33年4月5日、四一九頁)

ここにみえる伝承からは、稲荷信仰を渡来氏族である秦氏による穀霊信仰の祭祀として位置付ける意図がみえます。要約すると、富豪であった秦氏が餅を的にして矢を撃っていると、その餅は白い鳥になって稲荷山の山頂に降り、そこに稲が生じ、稲荷の由来になった、ということになります。「風土記逸聞」にみえる験の杉(しるしのすぎ)の信仰は今でも保持されています。お正月シーズンになると初詣で福を求めて青々とした杉の枝を求める人が後を絶ちません。

3,平安京の出会いの場としての稲荷山


『枕草子』で有名な清少納言も稲荷山を巡り歩いた一人でした。稲荷山は都市の中のオアシスのように聖なる空間として人々をつないでいました。稲荷山をめぐる稲荷詣を通じて出会った男女が結ばれるということもあったそうです。
またそこは聖地として人々がカミと出会う土地でもありました。

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現代でも明治以降に盛んになった「お塚」信仰には「お代(だい)さん」と呼ばれる今を生きる民間の巫覡(シャーマン)が関係しています 。信者たちはそのような稲荷行者の導きによって稲荷山を訪れ、祝詞や般若心経を唱えてめいめいが望むように祈るのです。近代以降の「お塚」信仰の発生は巫覡によって見出された新たなカミの誕生でありました。それは人々の神格化であり、また人々の願いの神格化であったのです。

【参考文献・webページ】
・文化庁「宗教関連統計に関する資料集 (文化庁「平成26年度宗教法人等の運営に係る調査」委託業務)」
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu_kanrentokei/pdf/h26_chosa.pdf
(2021年4月6日閲覧)
・秋本吉郎校注、古典日本文学大系『風土記』岩波書店、昭和33年4月5日、四一九頁
・中村陽監修『稲荷大神』戎光祥出版、平成21年11月10日

執筆者プロフィール:

筆名は枯野屋(からのや)。某大学大学院文学研究科博士課程後期に在籍中。日本思想史を専攻。noteにてオンライン読書会の国文・日本思想史系研究会「枯野屋塾」を主催しています。( https://note.com/philology_japan )。

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