軽侮とレッテル、畏敬と観察
こんにゃく屋が廃寺に住み着き、偽坊主におさまっていた。ある日、修行僧が問答勝負を挑んできた。偽坊主であることがバレては大変、だんまりを決め込むことに。すると修行僧、何を思ってか無言でジェスチャー。するとこんにゃく屋もジェスチャー。横で見てるこんにゃく屋の友人はわけわからない。
すると突然「参りました!」と土下座し、修行僧はそそくさと退散した。こんにゃく屋の友人、びっくりして追いかけた。なぜ降参したのか尋ねると、「あのお方は大変学のあるお方。私が仏教に関する質問をジェスチャーでお伝えしたところ、いずれも見事なお答え。深く考えさせられました」
なんだあいつ、意外とやるじゃないかと寺に戻ると、こんにゃく屋はカンカンになって怒ってる。どうしたのか尋ねると、「あいつオレがこんにゃく屋だと知って、お前のこんにゃくは小さいんだろうとか、いくらだとか、果てにはまけろと言うからあっかんべえしてやったんだ」
この「こんにゃく屋」という落語は通常、修行僧が愚かなこんにゃく屋を立派な僧侶と思い違いしたことを笑う話として理解されている。しかし内田樹氏は、修行僧は確かに学んだのだ、真理に触れたのだ、と解釈する。こんにゃく屋を僧侶と誤解したところから始まったとはいえ。
この人はもしかしたらすごい人なんじゃないか、と思うと、一挙手一投足のすべてに深い考えがあるように思われ、いちいち「なるほどなあ!」と学びを得た気持ちになる。修行僧は恐らく、仏法の教えで迷いがあったのを、こんにゃく屋のジェスチャーで、雷に打たれたように気づきを得たのだろう。
畏敬の念があると、私たちは観察力が劇的に上がる。その凄さの理由を知るために、鵜の目鷹の目で観察し、気づきを得て、驚く。その驚きが学びになる。学びは、畏敬から始まると言ってよいかもしれない。
しかし、相手をバカにしたり、軽侮していると、学びは発生せず、単にレッテルを強化するための材料集めしかしなくなる。もし修行僧が偽坊主がこんにゃく屋だと知っていて、バカにしていたら、仏法の真理に触れるような学びは発生していただろうか。ただ、バカにするための言動を繰り返しただけかも。
版画家の棟方志功は若い頃、自分の芸術論に絶対の自信があり、どんな芸術家をもバカにしていたという。ところが柳宗悦から民芸品の美しさを教えてもらい、考えがガラリと変わった。芸術論なんか何も知らない江戸時代の農家が作った民芸品の美しさを知り、市井の人から学びを得る大切さを知った。
以後、棟方氏は、芸術のことなんか何にも知らない人からも話を喜んで聞き、誰からでも学びを得るようになったという。
これは、棟方氏が一人一人の人間に畏敬の念を抱き、誰からでも学べるし、教えてもらえることに気づいたからなのだろう。
つまり、学びを得るのは、相手が偉いかどうかは関係ない。どんな人にも、どんな事象にも畏敬の念を抱き、興味津々となり、観察せずにいられなくなり、気づきを得て驚き、喜ぶ、そしてまた畏敬の念を深くし・・・という好循環が生まれている時なのだろう。
しかし、相手をバカにし、どんな現象が起きても「そんなことはもう知ってる」と軽く見る、軽侮の念があると、レッテルを貼ってしまって終わり。何か変わったことが起きてもたまたま扱いし、「所詮こいつは」「どうせこんなものは」とバカにし、学びが発生しない。
これは子育てにおいても大切な視点だと思う。赤ちゃんが教えもしないのに言葉を話すようになったり、立ったり歩いたりすることに驚き、喜び、ある種の畏敬の念を抱くとき、子どもも嬉しくなって、親を自分の成長で驚かせようとどんどん成長する。しかし小学校に上がると。
他の子と比較し、まだこれができないの?とか、宿題するのは当たり前なのにまだやってないの?と、子どもに軽侮の念を見せるようになる。子どもは宿題をやってみせても当たり前と思われ、驚いてくれることがなくなったことを知り、頑張る理由を見いだせなくなってしまう。
私は、人間関係においてある種の畏敬の念が大切だと思う。それは子育てにおいても。別に子どもを神とあがめる必要はないが、子どもという生き物が学びを得ていくその様子、メカニズムを見ていると、畏敬の念が自然と湧いてくるように思う。変化に驚き、嬉しくなるように思う。
イノベーションにおいても、畏敬の念は大切だと思う。棟方氏が誰からでも話を喜んで聞いたのは、何かヒントが得られないかと学ぶ姿勢が強かったからだろう。新しい芸術を生むきっかけが得られないかと、いろんな人のいろんな考え方を観察していたのだろう。
畏敬の念があれば、観察力が劇的に上がる。すると、非常にたくさんの気づきが得られる。驚き、喜ぶから、ますます畏敬の念を深め、観察力が上がる。こうした好循環があると、自然とイノベーションは起きやすくなる。学びの発生量が劇的に上がるから。
軽侮は学びを消し、畏敬は学びを創造する。この心理的メカニズムを知っていると、学ぶことは実に楽しくてワクワクするものだとわかるように思う。
こんにゃく問答とイノベーションの関係についての参考資料。
「ひらめかない人のためのイノベーションの技法」