「観察」の凄みを伝えた人物、アリストテレス

アリストテレスはなぜ有名なのだろう?歴史に詳しい人なら、あらゆる学問を創った人、と答えるかもしれない。ウィキペディアで紹介されているだけでも、論理学、自然学、生物学・動物学、形而上学、倫理学、政治学、修辞学、詩・演劇と、まあ実に幅広い。「万学の祖」と呼ばれるゆえん。でも。

ではなぜアリストテレスは、そんなにも幅広い業績を上げることができたのだろう?私が思うに、「観察」という手法の強力さに世界で初めて気がつき、それを明確に意識して実践した人だからだろう。
師匠のプラトンも、そのまた師匠であるソクラテスも、観察せずに頭の中でばかり考えてる面が強かった。

しかしアリストテレスは違った。とても身近なもの、人々が見過ごしがちな小さなことにも強い関心を示し、なぜそれがそうなのかを徹底して観察した人物だった。この「観察」という手法は、それまでの天才たちとは一線を画す強力さがあった。

アリストテレス以前の天才に、ピタゴラスがいる。数学の天才だが、数学的な才能がないとマネできないという限界がある。また、ソクラテスと同時代の天才にプロタゴラスがいる。しかし、頭が切れ、弁舌に巧みな人間でないとマネできないという限界があった。しかしアリストテレスの「観察」は違う。

海岸に転がる貝殻ばかりに執着し、それをかき集め、気づいたことをメモするという形でも、一大専門家になることができる。特別な才能はいらない。幅広い知識も、高い技術もそんなにいらない。凡人でも、誰にも負けない専門知識を得ることが可能。凡人が天才を凌駕する方法、それが「観察」。

アリストテレスは、「観察」のこうした強力さに気づき、意識的に実践した、恐らく世界初の人間。現代の哲学者や思想家は、現実の些末なことに関心を持つことをしばしばバカにし、見下す。本質的なことだけを見る人間の方が優れている、と。しかしどうやら、アリストテレスはそうは考えていなかった。

どんな些末なことにも関心を持ち、観察し、発見を楽しむ。アリストテレスはどうやら自分一人だけで万学をなそうとしたのではなく、弟子たちが様々なことに関心を持ち、観察結果を収集することを勧め、よろこんだ人物のようだ。だからアリストテレスはあらゆる学問を創ることができたのだろう。

「観察」は、支配者にとって極めて都合の悪い手法。支配者だけが知識を持ち、人々を指導する方が、支配者には都合がよい。しかし「観察」は誰でも始めることができ、支配者には都合の悪いことまで発見してしまう恐れがある。この危険性に気がついた支配者は、

アリストテレスの思想を学ぶことを禁止した。1210年には、パリ大学でアリストテレス哲学を講義することを禁じている。アリストテレスの「観察」は、聖書に書いていないことまで、なんなら聖書に書いてあることと矛盾する現実まで発見してしまう恐れのあることを、支配者たちは気づいたからだろう。

アリストテレスの凄みは、一言で言えば「観察」だと思う。凡人が天才を凌駕することも可能にする手法を広めた人物。支配者以上の知識を得ることを可能にする方法を編み出した人物として、嫌われたのだろう。

ところが、哲学や思想を解説する本を読んでも、アリストテレスの凄みが「観察」にある、と端的に指摘した本が見当たらなかった。私の見解を補強してくれる本を探したけど、どうも見当たらない。でも、アリストテレスの諸著作を読むと、どうしても「観察」こそがアリストテレスの真骨頂のように思える。

「観察」がすごいのは、凡人を専門家に、研究者に変えること。天才をしばしば出し抜くこと。「裸の王様」の寓話のように、人々は「目には見えない美しい服」という神話を信じ、踊らされる。しかし目にしたものをそのまま言葉にする人は、子どものように無知であっても真実を見抜く。「王様は裸だ!」

アリストテレスは、目の前の事象を虚心坦懐に観察し、それを言葉にして書き留めることの強力さに気づき、意識的に実践した、世界で最初の人物。そして「観察」こそが民主主義を可能にし、支配者が庶民を愚民の状態に陥れようとするのを破壊する大切な手段。アリストテレスは世界史を変えた人物。

教科書で紹介されている哲学者や思想家は、当時の常識を打ち破り、新しい常識を創った人たち。私達はそうした人たちの創った土台の上で物事を考えている。こうしたことを学ぶのが哲学や思想の醍醐味だと思うけど、なんで哲学や思想というのは、あんなに難しい言葉でばかり語ろうとするのかね?

理解することの難しい深遠な内容は、難しい言葉で語るしかないのだ、と言われたことが何度もある。私はちっともそうは思わない。理解するのに段階を踏まねばならないことは確かかもしれないけど、難しい言い回しは必ずしも必要ないと考えている。

何より、万学の祖と言われるアリストテレスが、観察という、凡人にも実現可能な強力な方法を開発しているではないか。「俺達天才にしか深遠なことは理解できない」などとお高くとまってる人間の鼻をへし折るのに、観察は大変有効。「偉そうにゆうてるけど、裸やん」でいいと思う。

現実は頭の中にあるのではない。目の前にある。そのことをアリストテレスは強く訴えたのだと思う。そして、目の前にある現実を捉える手法として「観察」の強力さを伝えた。さすが、歴史に名を残すだけの人物だと思う。

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