投資で儲けることと真面目にコツコツ働くこと
鉄道会社の中で最も重要な仕事は保線だと思う。飲料メーカーで最も重要な仕事は品質管理だと思う。たとえ斬新な新車両が開発されても、線路が曲がっていたら安心してその鉄道を利用することはできない。もし新しいドリンクが開発されても、それに異物が混入していれば安心して飲むことはできない。
もしその鉄道会社の線路が歪んでいたら、その鉄道を利用する客はいなくなるだろう。もし新製品のドリンクにしょっちゅう毛やムシなどの異物が混入していたら、飲む人はいなくなってしまうだろう。そのくらい保線や品質管理という仕事は、会社の屋台骨を支える非常に重要な仕事だと言える。
しかしもし鉄道会社の経営者が保線という仕事をバカにし、新開発にばかり力を注ぐようになったら、その鉄道会社はやがて滅びることになるだろう。もし飲料メーカーが品質管理の仕事をバカにし、新製品開発にばかり投資をしたら、その飲料メーカーはやがて潰れることになるだろう。
もちろん新開発をしなければ売上は伸びず、やがて会社は潰れてしまうかもしれない。しかし新製品を開発するからといって保線や品質管理を怠るわけにはいかない。それは決して欠いてはいけない、基礎的な、非常に重要な仕事だからだ。
とある飲料メーカーに勤める友人がこんなことをこぼしたことがある。たとえ10年間異物混入がなかったとしても褒められることはない。しかしたった一回でも異物混入があると叱られる。褒められることがなく叱られることが多い、報われにくい職場だと。これは鉄道会社の保線にも通じるのかもしれない。
しかし日本は長らくこうした、報われにくい、縁の下の力持ちのような仕事を怠らずにこなしてきた。それが日本の強みだとも私は考えている。
昨今、こうして真面目にコツコツ働く、決して手を抜くことのない労働者を見下し、新規事業新しい投資にばかり目を向ける意見が強いことを私は懸念している。
「低賃金労働が嫌なら投資をすればいいのに」こうした発言をツイッターでもよく見かける。しかしこうしたメッセージはその裏にこつこつ働くことへの敬意が損なわれている。馬鹿にする空気を感じる。そのことが日本で働く人たちにどのような心理的影響を与えるのか、そのことをもっとよく考えてほしい。
投資をして儲けた人は金融について勉強し頑張った人なのだから報われて当然だという意見を Twitter で何人もの方から頂いた。しかしでは鉄道の保線や飲料メーカーの品質管理の人達は頑張っていないと言えるのだろうか?私はそんなことはないと考える。むしろ比較にならないとさえ思っている。
投資で儲けた人がそのお金で偽物をつかまされずにワインを飲めるのも、配達された料理に毒を盛られていないと安心して食べることができるのも、こつこつ働く人たちがいてこそ。もし真面目にコツコツ働く人がこの世から消え去れば、どんなお金も価値はない。
今の日本は真面目にコツコツ働く人にあまりにも報いなさすぎる。そしてお金を右から左に動かしただけで投資だと主張し、儲けて当然だと言う人が多すぎる。そうしたメッセージが社会の中に溢れた時、真面目にコツコツ働くことが愚かしいことのように感じてしまう人が増えはしないだろうか。
もしそんなことになれば、日本は本当に根底から壊れてしまう。保線をバカにした鉄道会社が成り立ち得ないように。品質管理をバカにした飲料メーカーが存続するはずがないように。
真面目にコツコツ働くことを笑ってはいけない。そうした仕事が低賃金でいることをそのままにしてはいけない。真面目にコツコツ働く人が大勢いることが新規事業を起こすのにも重要な、基礎的な力になることを忘れてはいけない。