身体知的興奮

西粟倉村から熱田さん、牧さん、道端さんが来てくれた。なんと2日間にわたって、「川遊び」を伝授してくれるという。これは私だけではもったいない。学校の勉強よりも大切なものを学べる大変貴重な機会だと考え、子どもたち二人も学校を休ませ、私も仕事を休んで、家族全員で受講することに。

中でも熱田さんは尋常ではない。川遊び、野遊びの天才。高知大学1年のとき、自分の体験をレポートで提出したところ、大学教授が驚愕。「現代の若者でこんな体験を積んでいる人物がいるとは!」ぜひ本にすべきだという話となった。知る人ぞ知る、自然と向き合う天才。
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奥さんもただ者ではない。「川ガキ(川遊びする子ども)を増やす」夢を持ち、大学では河川工学を学び、夢を実現するのに近いかも、と、牧さんの経営するエーゼロに就職。しかしなかなか夢を実現するのは難しいと感じて退職。そんなとき、牧さんの手元に熱田さん(当時旧姓の福田さん)の本が届いた。

「この若者はただ者ではない」と感じた牧さんは、本を退職した女性に送った。すると著者に会いに行き、結婚、川ガキを増やす活動を夫婦で西粟倉村で展開中。私たち家族が西粟倉村を訪問した際、その指導を受け、うちの子らは初めての川遊びなのにアマゴやドジョウ、タガメ(!)もすくえる快挙!
 ※タガメは今や、まず見かけることのできない絶滅危惧種。もちろん捕まえたあとはリリース。

うちの子らは虫とかの生き物が苦手だと思っていたが、楽しすぎたらしく、「また西粟倉村に行きたい!」と言っていた。そしたらなんと、「篠原さんの近隣でも川遊び、野遊びできるように、お伺いしましょう」ということに!スゲー!

熱田さんと一緒に来てくれた牧さん、道端さんも普通ではない。まず牧さん。京都大学では生態系の研究をしていて、西粟倉村の製材会社を引き受けてくれと言われて経営者に。それを軌道に乗せたあと、「経済活動すればするほど生態系が豊かに、生命があふれる、そんな事業を社会実装できないか」模索中。

道端さんは、環境アセスメントの調査を仕事にしていたのだけど、調査しても結局工事は止まらず、生き物が減っていくのに任せるしかないことに虚しさを覚え、牧さんの経営するエーゼロに転職。今、オオサンショウウオを視標生物として、地元の河川の生き物を豊かにする事業を進めようとしている。

私からすると、牧さんも道端さんも私とは比べ物にならないほど生き物の知識経験が豊富。なのに熱田さんには「別格すぎる」と弟子入り。自然界の生き物との向き合い方を教えてもらっている最中。今年は馬搬の天才・岩間敬さんと出会って驚愕したが、熱田さんも自然界との付き合い方を知る天才。

私たち家族だけでなく、エーゼロの社員や出資者にも一緒に振る舞おうと、熱田さんは前の晩にワナを仕掛けて20〜30匹の天然ウナギを捕ってきてくれた。たった一晩で!?一体どうやって?しかも、少しでも小さいウナギは全部リリースしてきたという。とんでもない腕!

道端さんもすごい。テナガエビをみんなに振る舞えるだけ捕ってきてくれた。テナガエビって、天然でそんなにおるもんなん?いや、いるにしてもそんなに捕まえられるもんなん?釣りとか、天然の水産物って空振りするのが普通でしょ?規格外の人達!

エーゼロ代表の牧さんの元には、そうした人達が集まる。牧さんは自然界を愛する豪傑達を束ねる劉備玄徳みたいなものだろうか。
で、そんな三人がわざわざ、私たち家族が川遊びを楽しめるように、近隣を開拓してくれるという!これは仕事も学校も休まずにはいられない!

熱田さん、牧さん、道端さんと合流したのは午後になってからだったのだけど、こちらに着いたわずか3時間ほどで、私たち家族が楽しめそうなポイントを3つ絞り込んだという。「ええ!どうやって?」と聞くと、グーグルマップの衛星写真で、ウナギ等の魚のいそうなところはおおよそ絞り込めるのだという。

しかし私は半信半疑。YouMeさんと近隣の川を眺めていたのだけど、ヤブだらけで川岸までたどり着けそうにない。十年以上住んでるけど、川遊びする子どもの姿どころか、釣り人さえ見たことがない。アマゾンの密林を切り抜ける覚悟でもなければ、川にたどり着くことさえできないだろう。

で、第一ポイントだというところについていくと、町中のコンクリートで固められた場所。こんなところ、魚はいないだろう、と思っていた。水面を見ても魚の姿が見えない。「たくさんいますよ、ほら」と、熱田さんが魚の見極め方を教えてくれた。そしたら大量の魚影が!さっきまで見えなかったのに!

穴釣りというのを体験させてもらうことに。運がよければウナギがとれるという。しかしどんなところにウナギがいるのかわからない。ところが熱田さんにはそれがわかる。言われた通りに何度か挑戦していると、息子がウナギを釣り上げた!生まれて初めての体験なのに!熱田さん、異様に教え方うまい!

第2のポイントに移動。すると、オイカワやカワムツなどがたくさん泳いでいた。熱田さんは近くのヤブを釣り竿にする方法を教えてくれ、チャレンジ。そしたら子どもたち、小魚を釣る体験は初めてというのに、2人とも20〜30匹ほども釣り上げた!私も立て続けに4匹!入れ食い!

わずか3時間ほどの下見だけで、私たち家族のようにド素人の人間でも釣りを楽しめるポイントを見つけてしまう眼力に心底驚かされた。熱田さんだけでなく、牧さんや道端さんも、熱田さんに鍛えられているうち、どこのポイントにどんな魚がいるのか見当がつくのだという。へええ!

たっぷり4時間、子どもたちと楽しませてもらったあと、夜の部もあるというので、子どもたちは家に残し、私と私の弟、甥っ子と第3のポイントに。残念ながらその日は満月の翌日。ウナギは月の光で穴から出てこなくなるという。だから月の出ない日没から夜8時までが勝負という。へええ!

夜8時となり、もうダメだと思ったら、熱田さん、夜の川に飛び込んだ!ウソ!初めて来る川なのに!夜やで夜!見えんがな!怖くないんかいな!
そしたら、ゴン太ウナギを捕まえてきた!もうわけわからん!カッパやこのヒト!

熱田さんが奇跡だと思うのは、
・85歳以上の世代にしかないような、自然の恵みを得る知識を、若くして身につけていること。
・その場にあるもので工夫してなんとかしてしまう応用力。
・わかりやすく教える言語化能力。
・初心者でも馬鹿にせず、やる気を引き出す指導力。
これらを兼ね備えること。

私が熱田さんという人に出会えたのも、牧さん、道端さんという、名フォロワーがいたからだろう。牧さん、道端さんがすでに私には普通ではない。その2人が、自分より若いのに私淑するという点に熱田さんの凄さがある。でもそれも、お二人の謙虚さがあるからにほかならない。だから御三方に敬服するより仕方ない。

牧さん、道端さんらのエーゼログループは、「生態系を豊かに、生命あふれる方向に導ける事業はできないか」と、大真面目に考えている。普通は、そんなのビジネスになるはずがない、と考えてしまう。しかし熱田さんの尋常ではない自然に対する体験知(頭の知識ではない!)があれば、話は違う。

私自身、2日間にわたって御三方の指導を受けて、知的興奮というか、「身体知的興奮」を受けた。今もその興奮がおさまらない。身体知的興奮の興味深いのは、頭の理解でしかない知的興奮とは違い、身体が喜んでいること。言葉にならない身体知を得た興奮。

熱田さんは、夜の部で捕まえたゴン太ウナギを蒲焼にして振る舞ってくれた。「オレと出会わなければ、今も泳いでいられたのに。ごめんな。おいしく頂くからな」と言いながら目の前でさばいてくれた。
ものすごく美味しかった。僕らに食べられてくれて、ありがとう。

息子が質問した。「ウナギは絶滅危惧種と聞いた。それを捕まえ、食べてもよいのだろうか?」と。御三方は「実は、僕らもその点は常に考え続けていること」と教えてくれた。
2日間でわかったように、野遊び、川遊びは、自然がこれほども素晴らしくて、楽しませてくれるものであることを痛感する。

すると、「なんとしても、こんなに楽しませてくれる生態系、生命達が、将来も豊かでありますように」と願わざるを得ない。その際、頭の中だけで理念的に自然を守ろうとしても、現実を無視した見当違いな環境保護政策になりかねない。だから、自然を、生態系を、生命を知る必要がある。

自然を、生態系を、生命を知るためには、「楽しむにしくはない」と、御三方は語ってくれた。なんて楽しいんだ!なんて素晴らしいんだ!と心から思えたとき、人間は言葉にならない、身体知的アンテナがピン!と立つ。今、ウナギがどんな気持ちでいるのか、どんな流れが好きなのか、そのためにはどんな環境が好ましいのか、それが育まれるにはどんな気候が望ましいのか、頭の知識ではなく、身体知的なアンテナが立つ。今まで見えなかったものが見えるようになり、おのずと仮説が湧くようになり、観察と違えばまた新たな仮説が湧く、というアップデートもどんどん進むようになる。

そうしたアンテナが立つには、自然を、生態系を、生命を楽しませてもらうことが一番だと考えて、私たちに教えてくれたのだという。
大の大人が3人も!仕事を休んで!私たち家族にこうした身体知の楽しさを伝えるために!なんという幸運!

牧さんは普通の経営者ではない。会社のエーゼロを発展させるために呼んでる講師がふるっている。第一回のセミナーでは、京都大学学長、学術会議会長でもあった山極寿一さん、第二回は土壌学の新星、藤井一至さん。
第三回に私を呼んでくれたのだけど、私は他の2人と違って無冠。なんで私たち家族にここまでしてくれるのか、不思議でならない。

私にできることといえば、御三方が伝えてくれた「身体知的興奮」の楽しさを、なんとか世に知らしめること。ある意味、広告塔だろう。御三方の口から出てきた言葉は「自然への畏敬」。
そう、レイチェル・カーソンの伝えてくれたセンス・オブ・ワンダーと同じもの。

カーソンは海洋生物学者として、生物の名前はいくらでも知っていた。しかし甥のロジャーにはそれを教えようとしなかった。教えることよりも感じることのほうが大切だと知っていたから。自然や生命の神秘さ、不思議さに目をみひらき、驚く感性があれば、おのずと知の扉が開くことを知っていたから。

御三方は、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」を地で行く生き方をしていた。しかも現代社会で生計を立てながら、いかに生態系を、生命を豊かにできるかを大真面目に考えている。感銘を受けた。私は弟子入りするにはあまりにも能力が低すぎるが、せめて御三方の応援をしたい。

なんだかうまくまとめられなかったので、また次の機会を設けて、今回感じた「身体知的興奮」の言語化を試みたい。
西粟倉村は、日本が、世界が生まれ変わる一つの起点になることは間違いないように思う。それだけの身体知的刺激を受けた。まだ興奮冷めやらない。

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