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新しい自分

私は昨年末あたりから、気になっていた。

漫才頂上決戦の舞台で見た、出囃子と共に前傾ダッシュでサンパチマイクの前にやってくるファイナリスト。

それも両肘を掴んだ状態で。

インパクトあるよなあ、だってあれはまだネタが始まる前のことで、ネタが始まってすぐの「ツカミ」よりも早い段階でツカんでいるようなものだ。

あれがなぜ目に留まるのかというと、人はなかなか両肘を掴んで前傾姿勢でダッシュをしないからだ。


少し前の雨上がりの夕方、私は駅を出て数百メートル先のスーパーでまで向かおうとしていた。

ここはずっとタイルやコンクリートの地面が続き、水捌けが良い。

周辺の植物にはまだ水滴が新鮮に残っていて、雨が上がってから間もないことが分かる。

しかし私が歩いているこの道は、滑りそうな気配もない。

その時、急に思い出した。

あの人みたいに走ってみよう。

ただ、肘を掴むのは危険なので、ちゃんと腕を振る前傾ダッシュ。

日頃から小走りをすることはあるが、小走りもランニングも、本格的なマラソンランナーに至るまで、走る時に上半身が前傾姿勢になることはない。

前傾姿勢は、短距離走用のフォームなんだ。

スーパーまでの数百メートルは、素人からすれば短距離には当てはまらない。

そして都会の駅周辺で本気ダッシュは迷惑がかかる。

それにビジネスカジュアルファッションの私がダッシュをしていると、「何か緊急事態が起きている人」感が出てしまう。

私はこの街に、自然に溶け込みたい。

前傾姿勢で、ゆっくり小走りをしてみた。

こんな人、なかなかいない。

結局ビジュアルが目立っている。

しかしこの日は雨上がりで普段に比べて人がまばらだ。目撃者は微々たるものだ。

危険な走行さえしてなければ良い。

前傾姿勢でいると、不思議と次の足が前に出やすくなる。

上体が前方に傾いているから、このまま倒れてしまわないよう無意識に足を前に出させようとしているのか。

身体の仕組みとは不思議なものだ。

もっとスピードは出せるが、再度申し上げると街中で危ないのでゆっくり、なのに前傾姿勢。

一般的な小走りやランニングに比べて身体が上下に動かず水平に移動できるので、カバンの中が揺れず、荷物、特に精密機器系の故障リスクまで軽減してくれる。

私は新しい文化を発明したかもしれない。

大元の発明は、あの漫才師だが、公道バージョンのオリジナルは私がたった今作り上げた。

いつもより素早くスーパーに着くと、ランニングと同等の息切れ。

私はランニングを習慣化させたいと思っているが、実際のところはまだできていない身、つまり久々に数百メートルの距離を走り続けたのだ。

そりゃ息も上がる。

買い物カゴをレジまで持って行った頃、とうに息は整ったが、次は股関節に違和感が出始めた。

久々に走ったからな。

精算を終えてスーパーを出ると、股関節の違和感は痛みへとアップグレードしていた。

スーパーから自宅への道は、足を引きずりながらゆっくり歩くことになった。

久々に走ったからなのか、人生初の前傾小走りだからなのかは分からない。

とにかく新しい自分を求めた結果の成長痛のようなものだ。

つらくはない。

気温が低い日だったのでブーツで前傾小走りをしたが、次はちゃんとスニーカーで挑んでみよう。


つま先が曲がらないような硬いブーツで前傾小走りをして、よく転ばなかったな。

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