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“普通”を手放す。お父さんが気づいた子どもとの向き合い方

お父さんの参加が増えてきました

近年、「Omimiかふぇ」にお父さんの参加が増えてきました。これまで、母親に子育てが偏っている印象を受けることが多かっただけに、この変化はとても嬉しいことです。子どもの不登校について、家族全員で向き合う姿勢が少しずつ広がっているように感じます。


昔の父親像と子どもへの影響

昭和の時代、父親は自分自身が社会の常識で、「社会は甘くないぞ」と、子どもを叱咤激励する存在というのが一般的な姿でした。しかし、その根性論や厳しさに嫌気がさしていたのは、実はその父親自身も同じだったのではないでしょうか。それでも、自分が耐えてきたから今の自分があると思い込んでしまうため、その「耐える」を子どもにも押し付けることがあります。

特に、同性の子どもには厳しい言葉を投げかけたり、不登校を「甘え」と決めつけたりしがちです。さらには、母親を責め、「お前が甘やかすからだ」と非難するケースも少なくありません。その結果、母親は板挟みになり、父親にも子どもにも理解されない孤独を抱えることになります。

そのようなお話を聞いた際には、必ず「私の元に連れてきてください。」と言っていました。実際に来てくださるお父さんたちは、話しを聴く耳を持って参加してくださっていました。


「普通」の違いを理解する

これまでお父さんと話す中で、よくお伝えしていたのが次のようなことです。

  • 「お父さんの『普通』と子どもの『普通』は違う」

  • 「社会が甘くないというなら、その社会を作っているのは私たち大人です」

  • 「お子さんをお父さんの理想の枠にはめ込もうとしないでください。その枠が苦しみの原因なのです」

子どもの不登校をきっかけに、親自身も新しい視点を得るチャンスだと考えてみてほしいのです。

初めてこの話を聞くお父さんの中には、「失礼なことを言うな!」と思われることもあったかもしれません。でも、最近の参加者は積極的に「Omimiかふぇ」にいらしてくださる方が増え、自分自身を振り返る姿勢を見せてくれています。


「矢印」の向け先が変わってきたお父さんたち

長年通ってくださっているお父さんの一人は、最初は子どもや妻ばかりを責めていました。しかし、最近では「自分がやるべきことと、他の人がやるべきことの優先順位は違う」と気づけるようになり、気持ちが楽になったと話してくれます。

また、別のお父さんは「Omimiかふぇに来ると楽しい」と感じているそうです。同じ立場の人たちと共感し合い、時には自分の考えを違う視点から見直すきっかけを得ることで、大きな学びになっているとのこと。


親自身が変わるきっかけを見つけよう

子どもの不登校をきっかけに、親自身が自分を見つめ直す時間を持つことはとても大切です。そして、同じ体験を持つ親同士で話し合う場は、その一歩を後押ししてくれます。

勇気を出して、お近くの親の会やサポート施設に足を運んでみませんか?一度行ってみて相性が合わないと感じたら、他の場所を探してみるのも良いと思います。

子どもの不登校の捉え方が変わると、新たな気づきや学びが生まれます。親自身が変われば、家族全体の関係性も少しずつ変化していくはずです。

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