Essay Vol.6 "私はマリーアントワネットに選ばれなかった"
Vol.4の続き.
私が自分のブランディングのために、どんな目的でどの香水を選んだのか?について書いていこうと思う.
調香体験の後は、Fragonard博物館を見てまわった.
博物館はロココ調になっており、部屋の真ん中にはマリーアントワネットの像が鎮座していた.
彼女も香水を愛した1人である.
1791年、彼女は夫のルイ16世や子どもたちとともにパリを脱出する.
当時のパリは革命の最中であったからだ.
しかし、身分を隠しひっそりとパリを逃げ出したはずの王家は、その後革命軍に見つかり捕らえられることとなる.
そのきっかけは彼女の使用していた香水にあったのだ.
エレガントで芳しい香りが彼女の身分を際立たせ、後の有名なギロチン処刑へと繋がってしまった.
話が変わるが、「Rose of May」をご存知だろうか.
南仏の香水の街・グラースなどにて5月にだけ収穫されるバラのことで、極めて入手困難な幻の香りと言われている.
その香りは芳醇でボリューム感があり、かつ甘くて官能的と称されており、世界中で愛されているのだ.
現代の科学でも絶対に再現できない香りとして、今なお注目を集めている.
Fragonardのフレグランスには、その希少なRose of Mayが使用されている.
私がまず初めに試したのは、マリーアントワネットが愛していた香水「ローズラベンダー」である.
彼女はナチュラル(植物的)な香りを愛しており、ベルサイユ宮殿の庭園に”プチ・トレアノン”という別荘を建て、多くの花々を栽培していた.
こちらの香水にも当然Rose of Mayが使用されている.
香りはとても優しく、芳醇で心が安らかになるようであった.
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」というフレーズから連想される意地悪で高飛車な彼女のイメージが払拭され、
本当に自然を愛していた優しく可愛らしい人なのかもしれないと思わされる.
恐らく女子ならば誰でも好きになってしまう、憧れの香りなのではないだろうか.
私はこのマリーアントワネットの香りに魅了され、当然纏うつもりでいた.
帰り際に「夜の貴婦人」と出会うまでは.
Bell-de-nuit は「夜の女」、「夜の美しさ」などと訳されるようだ.
私には「夜の貴婦人」がそこにいると感じる香りだった.
手首につけてみると、先ほどまでのマリーアントワネットの愛らしくみずみずしい香りとは違い、くぐもったような色気と高貴でエレガンスな香りが鼻に抜けていった.
同行してくれた彼女からは
「ただ甘いだけじゃなくて深みのある、毒のあるような香りだね。」
こちらの方が私に合うとのお言葉を頂いた.
一度この香りを嗅いでしまうと、他の香りがどうしても軽く感じられてしまう.
私の場合は軽やかさが安っぽさに繋がってしまうのだろう.
私がこれから表に出していきたいのは、
親しみやすさや可愛らしさではなく
高貴でエレガンス、こうなりたいと憧れられる理想像である.
いつも周りから受け入れられたい、応援してもらいたい、と思っていたが
そうではなかった.
他人の理想像に私はなっていくのだ.
「貴方は他の方たちの憧れの存在になるのよ」
マダムに繰り返し言われていたことを受け入れる覚悟ができたような気がした.
まだまだ至らない点はあるが、この高貴でひと匙の毒がある香りが私を支えてくれるだろう.
これが私の肌から内蔵へと浸透するにつれ、何もつけていなくても私から香り立つようになるだろう.
ある女が口の中に香水を振りかける描写を書いたのは三島由紀夫だったか.
読んだ時は愛らしい人だな、と感じた.
男によく思われるためにそうしているのだと.
しかし今は違った受け取り方をすることができる.
彼女は彼女であるために香水を振っていたのだと.
私はマリーアントワネットに選ばれなかったが、手の届かない世界だと思っていた高貴な香りが私の元へやって来た.
この香りは私を手の届かない世界へと連れて行ってくれる切符に違いない.