20220602 寺山修司「英雄伝」冒頭写経
こんなツイートを書いた。
ということで寺山修司の「英雄伝」である。文字通り、人類史上の英雄について書かれた短いエッセイをまとめたものだ。これがなかなかキレが良く、短い文章たるやかくあるべし(という言い方もおかしいが)と感じ入ったのだった。
それにしてもなぜ、著者がドリアン助川だと思い込んでいたのだろう?それはきっと、似たようなフォーマットで書かれたドリアン助川の本を持っているからだろう。しかし、そちらの書名は忘れてしまった。内容も。まあ、例によって本棚の大掃除の時にでもひょっこり顔を出すだろう。
で、せっかく感じ入ったのだから、そのキレの良い各チャプターの冒頭数行を写経(書き写すことです)してみることにする。ほんの冒頭だけである。だけど冒頭だけで読みたいと思わせてくれるのがさすがだし、読みたくなる文章というのはそういう部分、つまり冒頭に垣間見える良さというものがあるように思う。わりとたくさんあるのでさっさと書く。
コロンブス
コロンブスといえば卵である。
テーブルの上に、どのようにして卵を立てるのか?
ベートーベン
「ベートーベンの第五が感動的なのは、運命が扉をたたくあの主題が、素晴らしく吃(ども)っているからだ。
ダ・ダ・ダ・ダーン。
ダ・ダ・ダ・ダーン。
吃ることで自分の言葉を、もう一度心で噛みしめられる」
これは武満徹の『吃音宣言』の一部である。武満徹によると、吃りが論理性を断ち切るような非連続の仕方は力強いもので、しかも偉大なことは、その反復性にあるのだそうである。
エジソン
私には「九時」というニックネームの友人がひとりいる。
イソップ
はじめにひとつの寓話がある。
ガロア
1932年5月31日の朝早く、パリの南方の郊外ジャンティイのグラシエル池のほとりで決闘が行われた。武器はピストル。距離は35歩である。
シェークスピア
もしもシャイロックが、みにくいワシ鼻の老人ではなく、誰にでも好かれるような二枚目だったとしたらどうだろう?
二宮尊徳
《架空対談》
────御承知の通り、私たちの小学校には、あなたの銅像があります。それは、あなたが薪を背負いながら、本を読んでいるものです。先生は、それを指さしては、あの努力を見習えというのです。二宮金次郎は、ほんとに努力の人であったのだ、と。
ゲーテ
「はじめて投書いたしますが、私はウェルテルという23歳の学生です」
ダンテ
私は地獄のすぐ近くで育った。
といっても、生まれた時から死んでいたというわけではない。私の「地獄」は本州の北のはずれにある恐山の中腹にあって、鴉の群がるさびしい霊場なのであった。
スタンダール
私の場合、スタンダールといえば、『赤と黒』である。
そしてまた、「赤」と「黒」について考えることは、そのまま、私の青春時代について考えることにもなりそうだ。
毛沢東
〔毛〕①哺乳類の皮膚に生じる表皮の糸状角質形成物。皮膚の毛嚢におさまる部分を毛根、外にあらわれた部分を毛幹、先端を毛先という。
カミュ
カミュと言えば、いつも思いうかぶエピソードがひとつあった。
それは、
「泳げない男が川のほとりを歩いていたら、溺れた男の助けてくれという悲鳴が聞こえてくる。そんな時、泳げない男はどう対処すべきか?」
というもので、もし、助けようとして川に飛び込んだら、泳げない男も溺れている男も、どっちも溺れて死んでしまうだろう。
ニーチェ
スーパーマン俳優ジョージ・リーブスが、首吊り自殺をした記事を、私はソバ屋の古新聞で読んだ。スーパーマンが自殺するなどということがあるものだろうか?それでは「人間的な、あまりに人間的な」結末にすぎないのではあるまいか?
聖徳太子
誰でも聖徳太子が好きである。
ポケットに聖徳太子が入っているだけで、何となく安心する。
(エントリ筆者註:当時の一万円紙幣の肖像は聖徳太子)
カフカ
少年時代に、私は「透明人間」になりたいと本気で考えていた。
マルクス
私がはじめてマルクスの名を知ったのは、ハリウッドの喜劇映画によってであった。マルクスは三人兄弟で、いつも陽気にドタバタをくりかえしていた。
紫式部
〔末摘花〕
彼女は、丸の内にある商社のタイピストである。
セルバンテス
詩人の関根弘と満員電車の中で一緒になったとき、彼は吊り革にぶらさがって憂鬱そうに夢想にふけっていた。
「どうしたんです?」ときくと、
「いま、怪物のことを考えていたんだ」
と、真剣な顔で答えた。
トロツキー
私は、母を殺す夢を見る。凶器には、何がいいだろうか?草刈り鎌、出刃包丁、空気銃、腰巻の紐、斧。鴉の啼く声がきこえる。
孟子
孟子の家は墓地の近所にあった。
そこで孟子は、近所の子どもたちと一緒に「葬式ごっこ」をして遊んだ。それを見た孟子の母は、子を教育する地でないと思って、市中に転居した。
これが、有名な孟母三遷のはじまりである。
キリスト
キリストとユダは、共に同時代を生きたユダヤ人である。
プラトン
どういうわけか、私は今でも口笛を吹けないのである。
リルケ
リルケは満5歳になるまで、女の子として育てられた。
これで全部である。なかなかキレがあるでしょう?
冒頭だけでなく、もちろん本文も良いのだが、とても紹介しきれない。興味のある方は入手して読んでみてください。
奥付を今見たら、初版はなんと昭和49年であった。
しかし、こんな古い本をいつ買ったんだろう。まったく覚えがない。
やぶさかではありません!