たぶんそれは、よっぽどの北海道愛
世の中には、ことばにすると本来の思いよりもチープに映る感情があるなあと思うことがあります。感動や思い入れがすさまじすぎるあまり、ことばでは書ききれない、収めきれないものがあるよう。
わたしにとっては、その対象の一つに「北海道」という土地があります。わたしのSNSをくまなく見てくれている人は、びっくりするような頻度でわたしが北海道と東京を行ったり来たりしていることを知っているかもしれません。けれども、わたしはその全容をことばにして、こうしてnoteに書いたり、どこかのブログに残したりはしてきませんでした。
それは面倒だからなどということではなく「書けなかった」という一言に尽きます。あふれる感情の数が多すぎるあまり、自分の力ではそのすべてを包んでことばにするという大仕事をやってのけることができないと思っていたのです。
ずうっとハードルが高くて高くて、書けなかった大切な土地の話。とあるきっかけで書いてみようと思うことができたので、今日はそんなよもやま話にお付き合いくださればうれしいです。
思えば、はじめて北海道を訪れたのは2017年の末のことでした。きっかけは、“札幌移住計画”という移住支援のチームとつながりができたこと。北海道に足を運んだことがないというわたしに、彼らは「来たことがないのなら、ぜひ一度おいで」とことばをかけ、札幌に呼び寄せてくれたのでした。
当時、フリーランスとして独立したばかりのわたしにとって、旅はお金のかかる大変なもの。けれども、写真でしか知らない未踏の地域に訪れる高揚感で渡航前はひどくわくわくしていました。「見たことのない景色を見てみたい」「どんな世界が広がっているのだろう」と、意気揚々としたことを覚えています。
ところが残念なことに、そのときの北海道(札幌)渡航は苦い思い出になりました。理由はいろいろあるけれど、シンプルに札幌という大都心に怯えたのかもしれませんし、体験したことのない冬の寒さが堪えたのかもしれません。
はじめての土地と仲良くなるのはそう容易ではなく、土地にも人にもたのしい思い出を刻めなかった当時の滞在。残念な気持ちで羽田まで飛んで帰った日のことを今もなお回想することがあります。
さて、そんな思い出から6年後の現在。わたしは年に4〜5回北海道を訪れるほどには「ぼちぼち北海道が好きな人間」に相成りました。周囲の人間に「あ〜また北海道すか〜」「ほんとうに好きだねえ」と少々飽きられるくらいに。
その理由は明確で、はじめて訪れたときには知れなかった、北海道という土地の魅力を教えてくれる人がいたから。友人であり、大切な仲間であり、姉のような存在としても慕っている、デザイナーのさちさんという方です。
彼女は北海道の東側 ── 通称“道東”とよばれる地域で暮らしており、その様子を覗き見するような意味で道東を訪れてみたのが、わたしのなかでの終わりの始まり(もちろんいい意味)でした。
何度か北海道に渡航するようになって知りましたが、あの土地は複数の顔をもっているというおもしろさがあります。
誰しもの印象に根付いている通り、東西にも南北にも長く広大な土地をもつ北海道。そのため、道内のなかでも地域が変われば、まったく違う都府県に来たかのような錯覚に陥るのです。見える色、聞こえる音、肌を撫でる風など五感を刺激するすべての要素がまるで新しいものへと変化します。
そのなかで彼女が生きる道東という土地は、たおやかな自然が息づく稀有な場所。大地が自分自身に語りかけてくるような、そんな場所。はじめて道東に足を踏み入れた日から、訪れるそのたび、道東の止まらない魅力に惹きこまれていきました。
「道東の風景や暮らしの写真をまとめたZINEをつくっているんだよね」と、さちさんから聞いたのは、まだ夏が圧倒的に本気を出している、8月中頃のことでした。被写体としてわたしが写っている写真を使ったからと、真摯な確認を添えたご連絡をいただき、その完成を待つこと約3週間。
9月の初旬にたまたま彼女と会う機会があり、完成したZINEをいただいたのですが、帰り道でハラリと読んで卒倒。とんでもないものができあがってしまったものだと圧倒されていました。なぜならそのZINEには、わたし自身が道東を美しいと感じて訪れるようになった過程そのものが描かれているように感じられたからです。
自分自身の感性にはこれまでなかった種の感動を、あたりまえのように教えてくれる、道東に対する驚きと喜び。そういう感情の機微とした揺れ動きすら、彼女の写真とデザインからはどうにも伝わってくるのです。目の前の一冊が、まるで読み聞かせをしてくれているかのような感覚すら抱きました。
ふつうなら写真に対する感想って、単に「きれい」とか「美しい」とかそういうものであるはずですが、どうもそこだけには留まらない。一冊から受け取る感情の多さに、ある種の戸惑いすら生まれるのだけれど、それがまた心地いいとも感じられます。
一度目はさらりと読んで。二度目は写真と呼応するように読んで。三度目はそれでも受け取りきれない感情を拾うように読んで。何度読んでも新しい道東がみえるので、とてもたのしい体験です。
それと、このZINEは両A面シングルみたいな構成になっています。
国語の教科書のように右開きで読めば清々しい道東の風景が一気に押し寄せてくる。数学の教科書のように左開きで読めばたしかな道東の暮らしがやおら語られてくる。温度のちがう風景と暮らし、一度で二度、三度と、幾度もしあわせになる仕組みです。
ささやかにフラゲをさせていただいたので、受け取ったその日から読み続けていますが、いまや鞄に入れて持ち歩きながら読むほどにはとっておきの一冊になりました。表紙も美しいけれど、カバーをめくった先にあるもう一つの景色もたまらない朗らかさ。気づいたときはうれしかったなあ。
一般発売は今週からスタートしているそうでして、今月の終盤頃には発送もはじまると伺っています。たくさんの人の手にわたることを願いながらこんな戯言をしれっと世の中に発信させてください。
さちさんの写す道東に惚れ惚れとした一人として、同じような気持ちを持ってくれる人が増えたら、とてもとても、うれしく思います。以上、つらつらとした、勝手な宣伝コーナーでした。
はてさて、北海道が好き、道東が好き、と軽々しく書きました。正直なところ、わたしはまだ「好き」だと胸をはれるほど、道内のことはもちろん、道東のことを知らないと思います。
渡航回数が増えれば増えるほど知れると思っていたけれど、渡れば渡るだけ知らないことが増えていくから「もっと知りたいのに」と、苦しささえ感じてしまうほどで。
壮大、雄大、だけでは語りきれない歴史があって、特有の文化があって、培われた意思がある。そういうものを見ず知らずの人間が知った気になるのは本当に恐ろしくて、おこがましいなと思うばかりです。
だから、北海道のことをことばにするのを避けてきました。現段階の自分では、浅はかさが絶対に露呈するだろうから。
でもわたしは北海道のことをもっと知りたいから、納得感をもって「北海道が好き」だと発したいから、わたしにとって無二のこの土地を学んでいこうと思います。その過程は、なるべくことばにも残していく予定です。
わたしにとって旅はスタンプラリーなんかじゃなくて、自分自身の軽忽さを改める営みの一つなのだから。そういう意思のもと、これからも北海道を訪れる心づもりです。
そして最後に、さちさんへ。
いつもわたしに北海道の果てしない素晴らしさを教えてくださりありがとうございます。冬が苦手だと長らく言っていたわたしが、好んで冬の北海道を訪れるようになったのは、確実にさちさんが近くにいてくださったからだと思います。
まだまだ見知らぬ北海道、ないしは道東の魅力があるかと思いますが、少しでも多くの景色をさちさんとご一緒したいです。浅はかなわたしですが、これからも、どうぞよろしくお願いします。