妊活、ふたたび
生理が戻るまで
流産が分かってからまず精神的なショックを受け、それから肉体的ショックを経験してそれがまた精神的なダメージをうむということが続き、それはそれはつらい日々だった。妊娠ホルモン(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン、hCG)が順調に下がっているかどうか毎週血液検査に通い、自然流産だったために子宮内に残留物がないかを確認するため超音波検査にも行った。待合室には妊婦さんばっかり。ウキウキと順番を待つカップルをどんよりとした目で見ながら、みんな自分の幸せで心がいっぱいで、誰もわたしが流産したとは思わないんだろうな、とぼんやり思った。自分が無価値というか、透明人間になったような気分だった。
日本であれば心拍を確認するため超音波検査をして7週ごろには稽留流産がわかっていたんだと思う。そこで自然流産を待たずに掻爬手術を行なっていたんだと思うけど、幸か不幸か実際に自然流産するまでほっといたので、身体的負担を一番かけずに子宮内はクリアになっていた。なので特に追加処置は必要なく、h CGの分泌が止まれば自然に生理が戻るでしょう、ということだった。超音波検査後に面会した産婦人科のドクターは生理が再開すればすぐ妊活を始めてよい、という立場。あと葉酸は飲んどきなさいね、と。
出産後と同様、流産後も妊娠中に増えていた女性ホルモンが急減する。それが産後うつの原因となるのだけど、東洋医学的には出産や流産で大量に血が失われることがさまざまな精神的疾患を引き起こすと考えられている。血は心のアンカー的存在だからだ。流産の場合はたとえ出血が少なくても心に直接のダメージを与える。流産直後の朦朧とした感じはそういうことだったのだろうと思う。
DDとのすれ違いも辛かった。流産が分かったときは二人で悲しみを共有し、慰め励ましあうことができたけど、男性的にはそこで一区切り。特にわたしたちの場合遠距離だったので、DDはその後の具体的な後始末にはまったく立ち会わなかった。壮絶な流産も、心が締め付けられる埋葬も、どん底の超音波検査もわたし一人で経験した。説明したって伝わるもんじゃない、この辛さがよ。DDはDDで妊娠がなくなったことで、そもそも乗り気でなかったわたしの気が変わるんじゃないかと不安になってしまい、責めたり疑ったり攻撃的になるという最悪の状態。
妊娠したということで、様々な困難をものともせずに一直線に進むと思われた結婚という道筋にも暗雲が垂れ込める。わたしはバツイチ、子持ちで住んでる国も違う。養育権とか移住とか。改めて直面する問題の深刻さに、もうダメなんじゃないかと追い詰められるようになっていった。
流産が起きてからちょうど4週間後、生理が戻った。これでわたしの体は一応のリセット、ということになったのだけど。
妊活どころでない
DDは愛情とても深くて、クールで照れ屋な日本男児と違って感情をストレートに表現してくれる。そういうところがとても好きだったのだけど、喧嘩したときもそうなので与えられるダメージもまたとてつもなく大きい。その夏いっぱいわたしたちは喧嘩して仲直りしてを繰り返し、わたしは泣いて泣いて泣いた。
流産してから基礎体温計を買って、毎朝測るつもりでいたけど、関係が危うくなる度に中断。無駄になる気がして切なくて、その度に葉酸を飲むのもやめた。そんな状態でまともな妊活ができるわけがなかった。
妊娠中生理がしばらく途切れたことでますます排卵日の予測は難しくなった。排卵日を特定するために複数のアプリを使っていたけど、それぞれ微妙に予測が違ってどれが信頼できるのか分からない。不安定な関係だったけど、排卵日と思われる前後にたまたま以前から会う予定を設定していたのが幸運だった。会ってみれば情も湧く、という感じでそのあたりでことを済ませることはできていたのだが。
それでもそのあとまた喧嘩して別れそうになるのがパターンで、毎回不安に押し潰されそうになりながら生理が来ないことを祈った。
生理、また来た
生理予定日の数日前から軽い出血があることが続いた。これはいわゆる着床出血というやつでは、と解釈し、予定日前に待ちきれず5日前から使えるよ、という妊娠検査薬でフライング検査。え、陰性やん。。いや確かめるのが早すぎただけかも?と思っていたら出血がしっかりした量になり、本格的に生理開始。
その次の月も同様。そのまた次の月はあまり意味はないけど排卵後から基礎体温を測っていて、高温期が続いていたので期待したけどある日ガクっと下がってきちんとその日、生理がまた来た。その月は排卵予測日に鈍い生理痛のような痛みがあり、排卵痛と確信。この痛みを感じてからギリギリ一応24時間以内に実行することができていただけに自信があった。それなのになんでよ。タイミングのことではないんかい。
とここまで、タイミングのことばかり気にかけて他に妊活と言えることは全くしていなかった。流産を経験した鍼灸師なのに、自分の治療や養生なんてことはあとまわし。これまで3回特に何も意識せず妊娠できたのでそういうもんだろう、とたかを括っていたのかもしれない。
しかしタイミングはばっちりだったのに受精または着床しなかったというのはおそらく受精卵に染色体異常があり、着床する前に自然に流れてしまったのだろうと思う。つまりわたしが高齢だから。また流産したりするよりはその方がよかったのだけど。これはそろそろ本気で本腰入れないと無理なんでないの。
なんで妊娠しないのか?
そもそも生理が本格的に開始するまで数日間軽い出血が続くのはなんなのか。着床出血とか期待したけどだいたい日頃からその傾向があり、生理開始日を正確に断定するのが難しいんだよな、と思っていた。考えられる要因は西洋医学的には生理前に急減するはずの女性ホルモンの分泌量の低下が緩やかだから。つまりホルモンバランスの乱れというやつ。東洋学的にはホルモンバランスの乱れイコールたいてい気の流れが滞っているということになる。
少量の出血は熱によるもの(東洋医学では熱をさますため出血が起こると考えられている)と考えることができ、気の流れが滞ると結果として熱を発生するので、気滞がそもそもの原因とも言える。
あるいは上向きの気をコントロールする脾のちからが弱まり、血液を血管内にホールドできていない結果の出血、と捉えることもでき、これが主因かなあと思う。常日頃から体力がなく疲れやすいわたしは若い頃から脾虚体質。脾が弱いと出血を止められないため生理の経血量も昔からずっと多かった。その結果血虚、つまり貧血になってますます疲れるという悪循環。
それから排卵時に痛みがあるのは東洋医学では痰湿と呼ばれる症が疑われる。痰湿とは老廃物や余分な水分、毒素など、本来排出されるべきものが体に残っている状態。これが体内の気の巡りを妨げ、だるさやむくみなどの不調をもたらす。これがなぜ起こるかって。それはまたしても脾が弱っているから。脾にはエネルギーや水分の代謝をコントロールする働きがあって、これが正常に働かなかった場合、代謝されずに残った産物が痰湿なのである。痰湿はしつこく粘っこく、一度できると治療に時間がかかる。痰湿が経路を詰まらせてるので当然スムーズな排卵を妨げ、その結果痛みが起きる。
こうして冷静に分析するとただでさえ体質的に脾が弱くて日々の生命活動に精一杯、それで妊活なんて、という状態。それに加えて極度のストレス。ストレスが妊活の大敵、とはよく聞くけれども本当に基本体質が虚(不足してる)であれ実(過剰になっている)であれ、どんな症も悪化させるのであるから恐ろしい。
その夏中、毎朝起きると口の中がものすごく苦かった。東洋医学の柱である五行の考え(自然界に存在する全ての事象を、木、火、土、金、水の5つの要素に分類し、それらの相互作用を解析する考え方)では各要素に対応する味覚と、その要素が関連する臓器と症状がある。
苦味は心。ストレスは通常肝の働きを悪くする。体内のスムーズな気の流れをコントロールする司令官の役割を果たす肝が弱ると、全身の気の回りが悪くなり、二次症状として様々な不調が出てくる。それが心に現れると深刻で、不眠になったり、うつなど厄介な精神疾患を引き起こしたりする。気の流れの停滞や乱れは西洋医学的に解釈すれば自律神経の乱れと考えるとかなり近いと思う。
肝だけにとどまっている場合はイライラするとか怒りっぽいとかで済むのだけど、その夏のわたしは舌が苦味を感じるくらいけっこう限界に近づいていたよう。気の流れが乱れたことによって、排卵、受精、着色といった一連の流れがスムーズに進まなかったのかも。
以上を踏まえると、わたしが妊娠できないのは1、そもそも加齢で腎が弱ってる。2、脾の働きが悪くて妊娠に必要な十分な気血が足りていない。3、ストレスによって気のめぐりが悪くなっている。という要因が考えられ、これは働き高齢女子のほとんどに当てはまることではないかと思う。
妊娠から流産まで3ヶ月、生理が戻るまで1ヶ月。それから3回生理がきて、すでに妊活を開始して7ヶ月が経っている。時間がない。チャンスはますます細ってきてる。本腰を入れてわたしはいわゆる不妊治療を自分にスタートした。