不妊治療と東洋医学〜理論編
タイミング法と東洋医学
普通の夫婦生活を送っているのに一年もしくは二年以上授からない、あるいは妊活を始めた時点で母親が35歳以上、という場合はなるべく早く産婦人科のチェックを受けて、自分の体の状態を確認するべきでしょう。そこで原因が判明した場合、適切な治療を受けてから妊活を再開したり、あるいは人工授精のステップへ進んでいく。しかしながら女性の年齢が上がるにつれ、不妊の原因は不明、といったケースがものすごく多くなる。その場合、とりあえずタイミング法をしばらく続けましょう、という指示をドクターから受けることになる。
わたしの場合はパートナーとの関係が安定していなかったので、ドクターに相談、という展開にはまずならず、なんで妊娠しないかを西洋医学的に検査することはなかった。なので結果として原因不明、ということなんだけど、この西洋医学的に原因不明、というときこそ東洋医学の治療が役立ったりする。それではタイミング法を成功させる鍼灸治療というのはどういうものなのか。
虚証と実証
東洋医学では、何かが足りない結果不調が引き起こされている場合が虚証、逆に行き過ぎで不調に陥っている場合実証と診断される。不妊の原因にも虚証と実証があり、虚の場合は足りないものを補い、実の場合は過剰分を取り除く治療が行われる。結果として過不足ない、つまり陰と陽のバランスが取れた状態に持っていくと自然に不調は改善され、体は健康な状態を維持できるようになる。
不妊における虚証で圧倒的に多いのは腎虚である。加齢による卵子の劣化や無排卵など生殖機能の衰えが原因の場合もこれ。腎虚の中でも先にも触れた通り腎の陽の気が不足してる場合と陰の気が不足している場合があって、脾とダブルで弱っている陽虚の方が比較的多い。それから血が足りず栄養不足の状態の血虚。虚証は特に不妊の原因が不明というケースに多いと思われる。
実証とは過剰になった何かが子宮や任脈、衝脈を塞いでしまって妊娠が妨げられている状態。圧倒的に多いのが瘀血で、血液が正常に流れず、体内の組織や臓器に滞留している状態を指す。不妊の原因として知られる子宮内膜症や子宮筋腫はこれに当てはまる。また虫垂炎など骨盤内の手術がきっかけで卵管周囲の癒着をきたしている場合もこれ。続いて気のめぐりが悪くなっている気滞。甲状腺ホルモンの異常や高プロラクチン症などは気滞の症が出ていることが多い。それから痰湿とそれが悪化して熱を持った湿熱で、感染症などが原因で炎症が起きている状態を指す。肥満は痰湿と考えられ、日本人ではあまりないけどわたしの診ているカナダ人にはけっこうあるパターンで、肥満とも関係するPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)は痰湿と瘀血の両方が多い感じ。逆に東洋人に多いのが子宮の冷えでこれも実証。
とはいえ体は繊細なバランスの上に成り立っているので、何かが足りなければ何かが過剰になり、その逆も然り。虚証だけ実証だけというよりどっちも共存する場合もとても多くて、その治療というのは一種のアートのようなところもある。そこが東洋医学の奥深くて面白いところなのだけど。
不妊と任脈・衝脈
不妊の原因が虚であれ実であれ、必ず影響してくるのが任脈と衝脈という二つの大事な経路とそれらがつながる子宮という臓器。虚症の場合これらに栄養が行き渡らず、受精卵が育たなかったり、そもそも排卵が起こらない。実証では任脈・小脈、子宮内で障害があって適切な気血精のトランスフォーメーションが妨げられ、受精しなかったり着床できなかったりする。
妊娠の仕組みで触れた通り、任脈・衝脈といった奇経と呼ばれる経路は必要なときに重要な役割を果たすけど、普段はバッファー的な働きで表立って活躍することはない。ここぞというときとはつまり妊娠、でもさあ働けといっても特に歳を取るとなかなかスムーズに稼働してくれないものである。それがホルモンバランスの乱れとかにつながるんだけど、これらをアクティベートすればホルモン治療を受けずに自然に整えるということが可能になるからなかなか侮れない。積極的な治療はせずにタイミング法で様子を見る場合、強い味方になる。そう、鍼灸ではこれらをアクティベートするツボ、というのがあるのである(後述します)。
おりものと基礎体温
卵管のつまりや子宮内膜症など、治療すべき病因が特定されなかった場合に重要度が増すのがおりものや基礎体温の変化。これらはダイレクトに腎や精の状態や陰陽バランスを教えてくてるからである。
排卵日の数日前から当日にかけておりものの量が増え、粘っこくなる。これは排卵に欠けて徐々に増え、排卵日にピークを迎えるエストロゲンの分泌が影響している。エストロゲンは腎の陰のアスペクトや精とリンクする。この時期おりものがまったくなかったり、一日しか見られなかったりすると腎、精が弱っていると考えられる。
ちなみにわたしは何も知識のなかった二十代の頃、下着に卵の白身のようなどろりとしたおりものを見つけて病気なんじゃないかと思ったけど、あの頃は若かったんだわ。妊活を始めて注意して観察するようになったけど、おりものはあっても生理周期を通して特に著しい変化が見られなくて排卵日の特定の役に立たず、歳と共に精が弱ってるのを顕著に感じた。
生理サイクルはエストロゲンとプロゲステロンの分泌と密接に関わっているのはよく知られたところ。東洋医学では昔からエストロゲンを陰、プロゲステロンを陽と捉えて陰陽フェーズの繰り返しと考えていたのがおもしろい。陰フェーズは即ち低温期、陽フェーズは高温期で、このふたつがしっかりと区別され、周期的にやってくるのが望ましい。その変化が微妙で基礎体温のグラフがフラットだと陰陽サイクルがうまく機能してないよ、となる。
東洋医学と生理サイクル
東洋医学における治療の基本は陰と陽のバランスを整えること。なので必然的に陰陽フェーズの象徴である生理のサイクルがとても重要になる。採用医学における生理サイクルをおさらいすると次のようになる。
生理サイクルにおける陰陽は腎の陰と陽の気が潮の満ち引きのように増減をすることを指す。陰が生理が終わってから徐々に増加し、排卵期にピークを迎えるのに対し、陽はその逆、生理後に減少していき、排卵期が最小となる。面白いな、と思うのはこの陰陽のトランスフォーメーションは心によってコントロールされているということ。陰から陽への変化が排卵、陽から陰への変化が生理という下向きのエネルギーに現れるのは心の気血が下向きに流れているから(五臓から発生する気はそれぞれ流れる方向が決まっており、それが乱れるとバランスが崩れ不調が起こる)。精神的なストレスで子宮へ流れる心の気が乱れると結果、生理が不順になるのでメンタルの安定は本当に大事。
ここまでざっくりと東洋医学における生理や妊活の考え方をおさらいしたところで、さて実際タイミング法に合わせた治療とはどのように行われるのかを次回で見ていきたい。