「変わらない」というバイアス
人と会話するたびに少しづつ感じてた違和感の正体を最近になって色々と理解できてきた。
子供の頃は、大人しいキャラで目立つ事が大嫌いな勉強も運動も何にもできない陰キャだった。
中学生になる頃は、陰キャに更に磨きがかかり、アニメばかり見てたアニメオタクだった。
でも、高校生の頃は、肩で風をきって歩く格好だけは一丁前なイキッたヤンキーで通した。いわゆる、高校生デビューってやつで一気にキャラ変。
社会人に成りたての頃は、外見番長のチャラ男。そして、ザ昭和価値観と業界常識の価値観に縛られ続けて数十年。
やっと解放されて、可もなく不可もなしの「悟り開いたんですか〜?」っていうオッサンへの変貌ぶり。
聞く音楽、乗り物、ファッション、その時代、時代で自分がカッコイイと思えたものを選択し、考え方、価値観までもが、変化し続けてきた。
なので、過去にこだわったていた価値観も時代の流れと共に変わるし、自分以外のみんなも同じだと思っていた。
最近になってスマートウォッチを買った。過去を知る人は「どうした?」「大丈夫か?」と言う。
何故かって言うと過去の自分は、格好をつけるのが好きだった。なので時計にもこだわりがあり、それなりの物を好んでいた。そんな自分が「高級な時計なんて必要無いよね」なんて言ったものだから周囲は驚いていた。
でも、自分にしてみたら、最近の行動とか価値観の変革について、いつも話しをしていたので、そういった価値観を持っても不思議ではないと思っていた。
この事だけでなく、古くから僕を知る人は大抵、いつも会っているのにも関わらず、僕の言動にいつも驚く。
「え?誰?」とか、「過去に〜事してた人が良く言うわ笑」とか、「以前はそんな事言ってなかった」とか。
だって、仕方ないでしょう!その時はそう考え、そう思ったんだもの。
人って変わるのが当たり前なんじゃないの?子供の頃と今の自分って違うでしょ?と思うわけです。
時代の流れと共に流行るものだって変わるのと同じ様に成長の段階で価値観なんて変わるだろう。
変わりすぎて「芯がない」と思われるかもしれないけど、それは表面上のことしか見ていない人の意見だ。
「人は変わる」自分の中では当たり前だと思っていた事だけど、みんなにとっては当たり前では無いらしい。どうりで色々と人との会話に違和感があるはずだ。
この事、以外にも様々な違和感があり、他の事についてはまた、後ほど書きたいと思うが、人は変わらないんじゃなくて変われないと思いこんでいるだけの様な気がしてならない。
これは、変わるべきと言っているわけでも無くて、変わりたいと思うのであれば、変わればいいし、変わりたくないのであれば、変わらなくても良い。
ただ、一つだけ注意したいのは、「自分はこういう人間だから」と、決めつけて自分を縛り、やりたい事や成りたい自分を諦めるのは、勿体無い事だと思う。
自分の最終形態がどんな風になるのか、楽しみで仕方ない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?