
「読書」という一生の趣味が、つなげてくれる世界。
1ヶ月書くチャレンジ 5日目
「昔はどんな子どもだったのか」
思い返せば、気づいたら本を読んでいる子供でした。
両親に「本を読みなさい」と言われたこともなく、読書にまつわる注意と言えば、「そろそろ本読むのやめて休憩しなさい」とか、「暗いところで読まない」とか「変な姿勢で読まない」とか、「その本、大人っぽくない? 夜、『お手洗い行けない』ってならない?」でした。
東野圭吾さんや赤川次郎さんの本を中学生が読むのが「大人っぽい」かどうかは別にして、私にとって、読書は勧められてすることではありませんでした。
それは、両親共に本が好きなことが、とても大きかったと思います。
家にはある程度の量の本があって、両親もよく本を読んでいる。
お出かけ先では必ず、新刊書店か古書店かにかかわらず本屋に寄る。
本屋を出る前に必ず言われるのは、決まって「欲しい本見つけた?」。
父は毎週日曜日に図書館に行くのが習慣で、私がインターネット上で予約した資料も、自分の分と一緒に借りてきてくれる。
何も予約していないときは、「書架から2冊くらい」と頼むと「作家は?」と訊いてくれて、見繕ってきてくれる。
今も、それは変わっていません。
相変わらず面白かった本の話もたくさんするし、家族間で本の貸し借りもするし、時には「いいからここだけ読んでみて」と半ば無理矢理おすすめすることもあります。
学校でも空いた時間に読書をしていたので、今思うと、いかにも「いい子ちゃん」だった気がします。
周りからは、教育熱心な親に育てられていて、本人も言われるまま本を読んでいるように見えていたかもしれません。
でも、実際には全然そんなことはなくて、むしろ、いつも本を読んでいるせいで親から呆れられて、しまいには「漫画も読みなさい」と言われるほどでした。
(ちなみにマンガは、最初に買い与えられたのが四コマ漫画だったせいで縦に読むクセがつき、一般的な漫画は次に読み進めるべきコマや台詞が分からなくなってしまって苦手でした。高校に入ってから克服して、今ではすっかり大好きです。)
私にとって本は、真面目なものでもお堅いものでもなく、ひたすら「エンターテインメント」でした。
活字がずらっと並んでいる様子は怖くもなんともなかったし、本屋さんはまだ見ぬ世界へ引き入れてくれる夢のような場所。
1冊読めば、その本が次に読みたい本を連れてきてくれる。
同じ作家さんや同じジャンルから、読みたい本が次々に溢れてくる。
恐らく、私を直に知る人たちからは、「一途にずっと読書が好きな人」に見えているのかもしれません。
でも、実際は違います。まったく一途なんかじゃないし、興味はあちこちに飛びっぱなしです。
新しい世界に触れることが好きで、本を読んでも読んでもその先にまだ見ぬ世界が広がっていて、新しい何かに触れるきっかけも、新しい何かに出会ったときにまず調べる手段としても本があるから、ずっと読書がやめられない。
読書は、多岐に渡る私の趣味をくるっと繋いでくれる、喩えるならビーズに通した紐のようなものです。
そう考えると、私は、「一生付き合っていける趣味」をひとつ、幼い頃に既に見つけていたことになるのかな。
きっとそれは、すごく恵まれていることで、すごく幸せなこと。これからも大切にしていきたいです。
今回お借りした見出し画像は、読書をする女の子のイラストです。本の中の世界と現実の世界のあわいが曖昧になったような雰囲気を感じるイラストだったので、読書がもつ「読み手と新しい世界とをつなげる」というイメージで選ばせていただきました。
いいなと思ったら応援しよう!
