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いい店だと口が軽くなる
A:なんだ君はあれか。何か僕に問うているのか
B:はい。先生。いやっ、この際教授と呼ばせていただいても構わないでしょうか
A:何をそんなに大袈裟な。私はただの人間だ。
ただ日々を自分なりに楽しくすごくことに意識を向けているだけの。そんな奴に教授などという言葉はおこがましい
B:いえいえ、僕にとってはもう雲の上の存在が隣に降りてきて話をしてくださっているようなもんですから
A:ハハハ。そうは思わんけどな、君がそう思うなら勝手にしてくれ
B:はい、ありがとうございます。そこで質問にお答えいただけますか
A:参ったなぁ。どうかなぁ。僕は自分に集中して生きている。
他人のことや社会のことなど考えるのはとうの昔に止めてしまったよ。
そんな人間が。はて、君の素朴かつ意味のある疑問に答えられるとは思わないのだが
B:いえいえ。そんなに重たく感じられないでください。ただ僕の中に渦巻いている思いを分かち合ってもらえたらと思っているだけです
A:正確な答えなんて導き出せないよ
B:構いません
A:それが君への回答になるかなんて保証もない
B:承知しました
A:それに僕は気分屋ときたものだ。今日は今日の心を持って、明日はまた別の思いを胸に生きているから、日々答えは変わるかもしれない
B:わかりました
A:まだ質問したいと?
B:はい、お願いします
A:なら、好きにしてくれたまえ。マスター、ロックのお代わりをいいかね
B:あっ、グラスが空でしたね
A:君のグラスも氷だけが寂しそうに溶けているよ
B:あっ、本当だ。この状況につい夢中で。ここは僕に奢らせてください
A:いやいやっ、そんなことは良くない。自分のものは自分で支払うよ
B:いえっ、こうやってお話をさせてもらっているのでそのくらいはさせてください
A:いやっ、申し訳ない。これだけは譲れない。
僕は可能な限り人に借りを作りたくないし、作られたくもないからね。
君もほらっ、自分の分だけ注文しなさい
B:あっ、そうですか。わかりました。では失礼して。
マスター、カシスオレンジを
A:えっ、君はそんなかわいいものを飲むのか
B:あっ、いやっ。お恥ずかしい。
お話を聞かせてもらえるならあまり強くないお酒をと思ったのですが
A:それはよくない。マスター、この若者にも僕と同じものを
B:ありがとうございます
A:いやっ。マスター彼の支払いはちゃんと彼に付けておいてくれよ(笑)
B:それはもちろんです。っていうか同じものをご選択いただけたことに感謝した次第です
A:ハハハハっ、そんなに固くなるな。酒の席だ。答えなんて見出さない、ただのひと時だ。
何が嬉しくて酒を飲むのかって、気持ちを許したいからじゃないか。だから、なっ、ただこの時を一緒に過ごそうじゃないか
B:はい
A:ところで君、あまり見かけない顔だね。どこか遠くから来たのかい?
B:えっ、そんなこと。このお店には週に一度は通わせてもらっているんですけど。多分・・・
A:いやいやっ、冗談。僕が新参者さ。ちょっと立ち寄ったのは僕のほう。ハハハ
B:あぁ、そうですよね。もし来るたびにお会いできているなら毎日ここ通っちゃうかもしれませんよ
A:君も言うねぇ。持ち上げ上手だ
B:いえ、そんなこと。ただこうやって隣に座らせてもらっているだけで幸せ感じているくらいです
A:ははは、ありがとね。ところでその質問とやらは何かな
B:あっ、はい。実は僕、まだまだ世界のことを知りません。
社会に出てもうすぐ10年経とうとしているのに自分が何をやっているのか、どうしてここにいるのか、どうして日々の生活を耐えていると感じてしまうのかわからずにいるんです。
あなたを見ているとそんな自分への追求心がさらに強くなり、つい何か光を与えてもらえるんじゃないかと思ったんです
A:ハハハ、そんなことか。いやっ、そんなこととは失敬。君にとってみれば大問題。
君の人生はまさしく君が生まれ育った日々を過ごしてきた中にある。今生きている道に迷いを覚えながら進んでいるとはさぞかし苦しいことだろう
B:あぁ、もうこのちょっとした質問でそこまで読み取られるんですね。なんだか肩の力抜けちゃいます
A:背負ってきたものとりあえず隣の席に置いてみようか
B:はい
A:あっ、そんな小さな席じゃすべての荷物を置くことが出来ないね。もっと大きな場所が必要だ。部屋の片隅でもない、一部屋全部使っても足りない
B:そうなんです
A:大きな倉庫が必要だな。レンタル倉庫なら大型がいくつも必要だ
B:そんなに
A:だけど倉庫にしまうのは良くない。君の居場所から離れた場所に置いてしまうとついついそれを忘れてしまう。まぁレンタル倉庫なら毎月お金がかかるから引き落としの時には気づくかもしれないけれど、無料で借りられるとなればそれはいけない
B:僕の心配事は置いたままではいけないのですか
A:そりゃぁ、もちろんいけないよ。そんなところに置き忘れたらまた知らずに同じものを積み上げ始めるだろう
B:確かに
A:いいかね、君。まずは自分の荷を全て確認してみようじゃないか。
何を背負っているのか、何が君の負担になっているのか。
もしかしたら同じ出来事を何度も悔やみ、1つの思いがいろんな場所に積み散らかっているかもしれない。それを1つにまとめたら100個だと思った荷物が実は1つだったなんてことに気付けるからね
B:はぁ
A:それにね。その荷物を背負ったのには過程というものがあるんだよ。荷物だけを背負って段ボールに入れっぱなしならその過程を忘れてしまう。荷物は感情の思い残しだ。過程は出来事から引き出された感情をも含んでいる。こう思ったらから、こうやったとね。
B:ほぅ
A:うーん、わかりづらいかな。
例えばだ。彼女とデートの待ち合わせをしていた。しかし君は寝坊して、これはいけないと慌てふためく。急いで用意して時間にきっかりについてホッとした。しかし、彼女はやってこない。連絡もない。まぁちょっとした遅れはよくあるものだと思いながらも、僕は寝坊しても急いで用意してきたのにとちょっとした不満も感じている。しばらくしても彼女は現れず、連絡もない。イラつきは増し仕方なくこちらから電話してみたらこれが彼女の返事だ。
『寝坊したの。後15分くらいしたら着くわ』
『わかった』と答えるものの、君は思う。僕は遅れないために急いで用意したのに。遅れるとわかった時に連絡入れてくれれば僕だってもう少し余裕を持って準備できたのにと。
まぁ、ちょっとした例だよ。君が彼女を待つ過程にも、心の動きがあるってことだな。そしてこれはこの日のデートの雰囲気にも影響してくるってわけだ。感情は意味なく発生するのではなく理由があって発生し、それが過程の装飾となる。その装飾こそが君の重みの原因となっているんだ
B:と申しますと
A:うーん、ここから先はその作業をやってきた者にしかわからないんだが、とりあえず話してみよう。
人間は素晴らしくも感情を持っている。この画期的な感情というものが生活に彩りを与えてくれる。しかしこやつは彩りを与える中で暗闇ももたらすんだ。気持ちにしこりを生んでしまうわけだ。
ただ起きたことを理解し、やらなければいけないことだけを行うならロボットにも出来る。そこに感情が左右されず、何も起きなければ実はこれを平和と呼ぶ。平和こそが幸せだと人は思っているが、平和とはフラットな状態、波風起きず暮らせること。しかし未熟な私たち人間は実際は平坦な日々を繰り返しているとなぜだかフラストレーションを感じてしまう。何かを始めたい、何かを起こしたいとね。自分を満足させるために
B:なんだかよく・・・・
A:わからないよね。わかっている。これらは君が物事を理解した後に気づく事なのかもしれない。ただ聞いてくれ。今は流して聞いてくれればそれで良い。何も理解してほしいともそれを実行してほしいとも思っていないよ。
それは君の選択だからね
B:わかりました
A:ハハ。どうやらお酒が足りないようだ、私もね。ちょっとここでククッと飲んでみようか。しゃべりすぎて口も乾いたし
B:あっ、そうですね。
ぐいっ
A:うーん、いい感じだ。すぐに喉に流さずに口の中で遊ばせることを忘れないでおこう。
ようはあれだ。全ての重みはそれが起きたことに対して問題となっているんじゃない。その物事が起きた時に生じた君の感情が足かせとなり、君はその感覚をぬぐえずにいるんだよ。
まずはだ。どうして君がその足かせを作ってしまったのか。どうしてそこからそのようなフラストレーションを生んでしまったのか。そしてそこでやり忘れたものは何なのか。それを理解して今へと活かしているのか、いないのか。活かしていなくともそんな自分を認めるのか、いないのか。実際は君が君のことを理解してすべてのことを許しているかどうかなんだね
B:僕が僕を許す
A:そうなんだ。君の強い心の反発は自分がこうと思う型にはまれていないから生じる。そんな型を維持していなくてはいけないと自分にルールを作り、自分に範囲を設けてしまっていることから起きている。
B:うーん
A:さっきの例に戻ってみようか。君は彼女からの返事を聞いて様々な思いを巡らす。相手を想って行動することはとても大切だ。それが互いに気持ちの良い日々を過ごせるちょっとしたスパイスになるからね。
しかし彼女は君へのスパイスを忘れた。君はちゃんと彼女との関係をおいしく仕上げようとしているのにも関わらずだ。これが自らのルールに相手も従うのが当たり前と自然と思ってしまうことなんだな。
ただ人によってはこの状況にイラつきを思わない人もいる。
『まぁ、いいや。僕は遅れなかったし。相手を待たせるより僕が待った方が気が楽だ。もしかしたら彼女も昨日、何かあったのかもしれないしね。』とね。
B:ほぉ
A:この人物は自分の規則に相手をあてはめずに生きていけるんだ。でもそれは難しい時もあろう。最低でも私にはね。無礼承知で人に接している者と関係を持ちたいとは思わない。
なぜなら私は私を大切にしているからだ。まぁ彼女となればいろいろと思うだろうが、それを当たり前とする存在であればそもそも付き合うこともしないだろう。
私は聖人ではない。私は私が生きやすい世界を作るために努めている。自分のルールすべてを相手に押し付けるつもりはないが、同じ空気の中、生きられないやつを無理に許そうとも合わせようとも思わない。それは自分のためでもあるし、相手もためでもある。だからこそ一人を好んで生きる者もいる。
B:確かに
B:まずはこの自分の思いを知ることが大切だ。社会人たるもの急にブチ切れるのはよろしくない。かっこ悪いし、そんな存在と君も関わりたくないだろ。自分が関わりたくない人間に自らなってはだめだな。うん。
しかし取り除いてみようか。我慢しなくてはいけない状況に住むことを許している自分を。
B:取り除く?
A:うんっ、まずは自分の感情がむき出しにしてみよう。おっと、勘違いしてはだめだよ。それは誰にでも構わず自分の思いをまき散らすこととは違うんだ
B:よかったぁ、そうですよね。
A:伝えたいことはあれだ。大人になると溢れてきた感情を抑えること、それは時として仕方がないことだ。しかし飲み込んだ感情をどうするかだ。喜びなら勝手に湧きでて一人になった瞬間にでも勝手に爆発するだろう。喜びはそれでいい。ただそこに浸ればいい。しかし、逆の場合はどうか。怒りや苛立ち。これをただバカ騒ぎしてうっぷんを晴らすのか。それとも自分を観察して、それがどこから来ているのか理解して根本原因に触れようとするのか。自分の感情の先にあるものを見出そうと心がける。これだけで先は大きく変わるんじゃないかな
B:自分の原因を探る
A:そうだ。そうやって自分で自分を理解してあげることこそ自分を愛することであり、そうやって社会も理解すれば不純な感情を省いて生きられるってもんだ。ただそれに気づいた後、今と同じ選択を出来るかはまた別の話だよ
B:・・・・・・
A:おいおい、そんな難しい顔しないでくれよ。僕はそう説かせるほどの人間じゃない。これはただの僕のやり方。そうやって生きているやつもいるんだなくらいに思ってくれればそれでいいんだ。忘れてくれていい話。同じ質問されても明日は別の答えを言うかもしれんしね
B:はい
A:なーに、流してくれればいいんだ。そんなに深く考えるな。っていうのが無理な話かもしれないな。まぁいい。『そういえば昔こんな話聞いたような聞いていなような』くらいにいつか思い出してくれるだけで構わない。
ただつい調子よく話してしまっただけだ。君が熱心が聞き上手さんだからね。とにかくまとめてみよう。
君は一度だって自分のために自分の思いについて考えたことはあったかい。一度だって自分を大切に思いやったことはあったかい。
B:えぇ、あると思います。
A:いいねぇ、とてもいい事だ。まずは自分のために悩んむんだよ。自分のことを理解しようと。自分を知ろうと頭を悩ませるんだ、たくさん、たくさんね。するとそこからすっと答えが見つかる。あっ、なんだ僕はこう思っていたんだと、自分に気づくんだ。
それが未来の行動へと繋がり自分のために生きていくということになる。たくさんたくさん悩むことで、その先に何か見えるものがあると思うんだよな。すると急に光とは何かわかるんじゃないかな
B:自分のために悩み、自分を知るんですね
A:いかにも。矛盾するように聞こえるかもしれないが、自分を知ることで社会が見えてくるんだな
ほらぁ、またそんな険しい顔するな。そんな顔は仕事の時だけ、酒の席ではない顔だぞ。よしっ、またここでグイッといってくれ。そして私の話を聞いた結果を一言で表してくれないか
B:えっ、そんな、まだ頭の中が
A:いいんだ、いいんだ。くだらない話をしたお礼にさっ、グイっと一言
B:えぇ、はい。それじゃいただきます
ぐいっ
A:はい、どうぞ
B:全然わかりませんでした
A:うんっ、はっきりしている。気持ちがいいっ!全然わからないことがわかっている。それが第一歩だ
B:えっ?
A:そうだ、それが第一歩だ。事を難しく考えるな。ただ時を思って、自分を生きろ。そして自分を思え、以上
それが俺だ。俺からの言葉だ。俺もグイっといかしてもらうよ
B:はいっ
ぐいっ
A:ふぅー、今日の酒はうまい。マスターありがとうな。素敵な空間をっ
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