鋸山に行って来たよ-30
これまでのお話
電車が来るまでしばらくの時間つぶし。
おやつとして持ってきたポッキーをつまんだ後、たぁはスマートフォンで旅行用のコンパクトギターを検索。好奇心に満ち溢れた真剣な眼差しだわ。
私の興味はどこにあるかと言えば今日の夕食。
食べるの大好き、特に美味しいもの。
いつも食べ物のことを考えているといっても過言ではないかもしれない。
外食よりも自炊派。料理がそんなに好きなわけじゃないけど「自分の舌に合ったおいしいを食べたい」からお手軽ながらも至福の時間を味わえるものをと日々台所に立つ。
今日はランチを簡素に済ませ多分、夕食への思いは大きい。
地元の人が集まっていた海鮮食堂に行こうかな。
だけど昨夜、眠れない中、何度も思い出されたのは絶妙な味わいで至福時間を与えてくれた船主総本店のお寿司たち。
マジでおいしかったぁ~。
もう一度戻ろうかな。でもせっかくだから別のお店に行こうかな。
そういえばあの食堂って閉まるの早かった気がする。
ググった時に表示された営業時間がかすかに頭に浮かぶ。
念のためと再度確認してみたら月曜の今日は定休日だった。さらに閉店時間は17時。いずれにしても無理だった。
「あの食堂、今日はお休みだって」
「なら行く場所決まったね」
彼はずっと言っていた。
「もう一度、あの寿司屋に戻りたい」
はい、決定です。
今日もまたあのおいしさにありつけるのかと清々しい気持ちになったら、やることがなくなってしまった。まぁ、本読むとかあるけど、正確に言うなら“やりたいことがなくなった”のほうが正しいのかもしれない。
休憩所を出たり入ったりを繰り返した後、改札を通りホームへと向かう。先にホームへと向かった作業服を着たおじさんが待合室にいたので、また彼の居場所を取るのを避けようと外のベンチに向かう私にたぁが言う。
「涼しいから中がいい」
ヴァンパイアハイカーには日陰がいいか。確かにベンチは日向だ。
彼の希望通り、待合室に行くとおじさんの姿はなくなっていた。その後、改札近くのトイレから出てくる姿が見えて、彼はここへと戻って来ずに私が座ろうとした外のベンチに腰を下ろした。
なんだかごめんなさい。
たぁは膝に痛みを感じていたので暇つぶしも兼ねてマッサージしていたら15時50分、アナウンスが流れて電車は二車両であることを事前に教えてくれた。
ホームへと出るといつの間にか人が増えていて、登山服姿も見つけた。
電車は二分遅れ、15時58分にやってきた。
半自動のドアはボタンをポチっと押す必要があったけど、出てくる人がいたおかげでそのまま乗り込む。
灰色ボディに水色と黄色のラインをあしらった内房線、海と菜の花を意識されているのかな。
隣駅の浜金谷には16時1分に到着。
都心にはない経験にちょっぴりワクワクしながらボタンを押してドアを開く。
宿の鍵は預けずに持ってきた。
玄関に到着すると姿は見えずとも受付から何やら声が聞こえてくる。私たちに気づいたスタッフは椅子から立ち上がった。
「鍵持っているから大丈夫ですよ」
彼は言葉なく座り再び会話へと戻った。
部屋に戻って荷物を降ろし、軽く一息ついたら温泉に向かおう。
「中に何も着ないで浴衣だけ羽織って、部屋に戻ってきてから服に着替える。昨日はすぐに着替えて服が汗だくになっちゃったから」
綺麗さっぱり汚れを落とした後は寿司屋に向かうんだ。汗で濡れた服だと後で冷えてしまうかもしれない。
「僕もそうする」
互いに中はすっぽんぽんで浴衣だけ羽織って風呂場へと向かうと、今日もラッキー独占風呂。
帯を外せば浴衣はするりと脱げ、そのまま浴場へと向かう。
しばらくするとドアが開く音がした。それは女子風呂からじゃない。
「たぁ?」
「うん」
女子風呂と男子風呂、壁で分けられているものの上部にはスペースがある。
やっぱり話せるよね。
ってことは見知らぬ者同士、音を頼りに会話を楽しむことも可能なんだ。
汚れを落とした後、熱いお湯に足からゆっくり浸かって昨夜のことを思い出す。
どうして霊にいたずらされちゃったのかな。
疲れを癒す頭はぼーっとシータ波へと近づいていき、その答えが頭に浮かんだ。
「あなたがこの宿を汚そうとしたから」
昨夜、ほろ酔いのままお風呂に入り頭に浮かんできた誘い唄。
それがもし本当に行われていたのだとしたらこの宿はランデブー、一夜を楽しむ場と化してしまう。この宿を守るエネルギーはその穢れを嫌ったのかもしれない。なんだかそう思ったら、納得して最後にアドバイスまで頂けた。
「酔い過ぎず、変な歌は歌わず」
そして・・・・・・。
「夕食の後、戻ってきたら迎え酒ではなくお茶を飲む。夜の風呂場で変な妄想に浸らない」
本当にその通りです。
ただの旅人、身の程をわきまえます。
昨夜の体験は以下をご覧ください。
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