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丸森時間差遺産 第7話「ある散歩の想い出」


東京での20年間の暮らしを経て、20年ぶりに故郷へ移住したクリエイティブディレクターは何を思うのか。あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気付くものとは。Steve* inc.(https://steveinc.jp)代表取締役社長の太田伸志が、宮城県丸森町の広報誌「広報まるもり」にて連載中のエッセイを特別限定公開中!

 休日にはよく散歩をする。と言うと、周りの人たちから「車ではなく?」と聞かれることが多いのだが、テクノロジーがいくら進化したとはいえ、歩いている車は未だに見かけない。散歩はまだまだ人間だけの特権のようである。散歩。それは、変化し続ける景色との出会い。そして、それを共にする家族との会話など、さまざまな発見がある特別な時間なのだ。

 歩く車は冗談だが、確かに移動という効率性から考えれば車は便利である。寒い日は暖房を、暑い日はクーラーを。子どもがゲームをしていようが機嫌が悪かろうが、短時間で目的地へ辿り着くことができるし、大きな荷物だって運べてしまう。だが、こと散歩においては別である。辞書では「散歩=ぶらぶら歩くこと」と表現されているが、つまり歩くこと自体が目的であり、散歩に効率性を求めること自体がナンセンスなのだ。ぶらぶら歩くためには、大きな荷物は抱えられないし、ゲームに集中しながらというのも難しい。最短も最速も似合わない「ぶらぶら」という言葉に、僕は美しい余白を感じるのだ。さらに言えば、寒い日でも散歩することで身体がぽかぽかと暖かくなってくるし、暑い日に冷たい麦茶を飲みながら休憩をするのも心地よい。そんな、ぶらぶら歩くことに適した場所が丸森町にあることをご存じだろうか。それは、優雅に流れる阿武隈川沿いに広がる土手である。

 土手を散歩していると、祖母と一緒に過ごした時間を思い出す。幼い頃、両親は共働きで忙しかったため、祖母が丸舘中学校の隣にある小さな公園までよく連れて行ってくれた。ひとしきりブランコやジャングルジムで遊び疲れた後、中学校の軒下に出来た新しい巣を見ながら、「今年もツバメさん来ているね」なんて会話を楽しみつつ土手まで登り、散歩して帰るのが定番のコースだった。くたくたに疲れた子どもの足で土手を登りきった先には、今でも目を閉じると鮮明に記憶に浮かぶほど美しい景色が広がっていた。

 最近、生まれ故郷のことを何もない場所と紹介する若者が増えているらしい。謙遜の気持ちもあるのかもしれないが、では「ある」とはいったい何をさしているのだろうか。巨大なショッピングモールや高層マンションのことだろうか。何もない故郷なんて本当はどこにもない。少なくとも僕にとっては、優しく背中を押してもらったブランコ。子に餌を届けようと舞うツバメたち。そして、阿武隈川にキラキラと反射する夕陽を見ながら散歩した祖母との時間が、確かにそこに「あった」のだから。

丸森町時間差遺産007:阿武隈川沿いの土手
一級河川である阿武隈川沿い、丸森橋と丸森大橋の間を緩やかに繋ぐ土手。車もほとんど通らないため安心して散歩することができる。

時間差遺産【じかんさ-いさん】
あの頃は特に気にも留めなかったことが、今さら大切だったと気づくもののことを、筆者が勝手にそう名付けた。

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年、丸森町生まれ。クリエイティブカンパニーSteve* inc. 代表取締役社長。東北芸術工科大学 講師。2023年から丸森町のクリエイティブディレクターに就任。作家でもあり唎酒師(ききざけし)でもある。




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