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選ばれなかったが、しっかり考えた秋田米新品種"秋形821"のネーミング企画の件。

「あきたこまち」から35年の時を経て、秋田米 "新品種" のネーミング案の公募が行われたのは、令和2年の春。

今からもう一年半以上前のことである。

だがSNSで話題になっていたこともあり、まだ記憶に新しい人も多いかもしれない。

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新品種のコンセプトは「地力(ちりょく)」。

秋田の豊かな風土と自然、米づくりの歴史、高い生産技術が織りなす「地力(ちりょく)」から、日本人のDNAに響くおいしいお米が誕生するとして、全国各地からネーミングアイデアが集められた。

公募の結果、国内外から25万893件の応募があったという。

そして、2020年11月17日。

事務局の想像を遥かに超えるエントリー数の中から、専門家等による選考を、知事による最終選考の経て、新品種の名称は「サキホコレ」に決定した。

「サキホコレ」というネーミングに込められた「思い」と「選考理由」は以下のとおりである。

ネーミングに込められた思い

・「秋田の地力」から生まれた「小さなひと株」が、誇らしげに咲き広がって、日本の食卓を幸せにしてほしい。

・「サキホコレ」は、このお米自身へのメッセージであると同時に、生産者や消費者に明るいチカラを与えてくれる「エール」でもある。

選考理由

・市場で長く親しまれ、存在感を示すことができる

・響きが良くて、メッセージ性が高く、プロモーションの展開に期待が持てる

・明るい未来を感じさせる


参照:https://hochi.news/articles/20210708-OHT1T51214.html

参照:https://common3.pref.akita.lg.jp/akitamai/sakihokore/

実はこのネーミング公募に私も参加させてもらった。

提出したものは「サキホコレ」ではないため、当然ながら選ばれていない。

のだが、提出するにあたって、一つのネーミングの仕事と同じくらい、情報収集を行い、分析をし、アイデアを練り込んだのは紛れもなく真実。

この過程で得られたことは多く、選ばれはしなかったがチャレンジして良かったと思っている。

ということで、私がどのようにコンセプトを解釈し、どのような切り口を企画し、提案に至ったのか、企画〜提案までの中身をここに紹介してみたい。

選ばれなかったアイデアではあるが、ネーミングを考える人の参考に少しでもなれば幸いである。


『秋田米 新品種秋形821 ネーミング企画』


ネーミング案

「ユイチカラ」

命名の理由

秋田県の豊かな風土と自然、米作りの歴史、高い生産技術が織りなす「地力」を「結びの力」と解釈し、そこから「ユイチカラ」と命名しました。

また「ユイチカラ」には、この先行きの見えない不確かな世界に「結びの力=地力」を広げていって欲しいという祈りも込められています。


商品説明のリード文

米どころ秋田の「地力」が詰まった、秋田米の最上位品種。

「地力」とは、秋田県の豊かな風土と自然、米づくりの歴史、高い生産技術、そして、それらに関わる人々が「結ばれたことによって生まれた力」のことです。

「ユイチカラ」の一粒ひとつぶに、この「地力」は詰め込まれています。

2020年、世界は大きく変わってしまいました。

そして、今私たちは世界に変われるかどうか試されています。

「地力」は、そんな私たちが変わるための大きなヒントにもなるはず。

秋田県は頂点を追い求め、一つの答えにようやくたどり着きました。

秋田米の最上位品種「ユイチカラ」をぜひご堪能ください。


以降はこの企画にいたった背景と根拠です。

「地力」とは「結びの力」

コンセプトの「地力」を、秋田の豊かな風土と自然、米づくりの歴史、高い生産技術、それらに関わる人たちが「結ばれたことによって生まれた力」=「結びの力」と解釈しました。

「結び」は、数ある日本のコンセプトの中でもとくに重要なもので、はじまりからの結実を表しています。

例えば、古事記の冒頭には、

日本の天地開闢のときにまず「天御中主神(アメノミカヌシ=日本の最高神)」が天空の真ん中に姿を表し、そこをよりどころにして高御産巣日神(タカミムスビ)が様々な「結び」を試み、

その結びにもとづいて神産巣日神(カミムスビ)が、その後の神々たちを国土に結ばれるようにしていったと記されています。

これらは造化三神と呼ばれ、日本は「神様の結び」によって成り立ったと言われています。

また、古代日本では「結び」は「産霊(むすひ)」という字が当てられ「新たな力をつくるもの」あるいは「新たな力を生むものを示す」とされていました。

注連縄(しめなわ)や水引、息子(ムスコ)、娘(ムスメ)、相撲の結びの一番、結納や結婚、そしておむすびなど、現代日本のシンボルとなっている記念的なプロセスにはたいてい「結び」が使われています。

つまり「結び」は、古(いにしえ)から累々と日本人のDNAに刻まれてきた重要なコンセプトなのです。

このような知識を背景にして、新品種秋系821という最高グレードのお米を生み出している「地力」というコンセプトは、「結び」と解釈することで、日本人のDNAを触発し行動を促すことができるのではないかと考えました。

新たな力で「分断」を結び直す

現代社会の問題のほとんどが「分断」によって生まれています。

東京と地方、経済学と倫理学、日本文化と西洋文明、正解と不正解、森と里と海と川、生産と消費、モノと心、ヒトとヒトを繋ぐ絆、家庭や親子、世代、リアルとバーチャル、川上と川下、自然と共同体とヒトなど、

見渡せばそこかしこに「分断」があります。

そして、ここで挙げたような様々な分断が、おたがいに複雑に絡み合って、
社会問題や環境問題などの解決するには難しい問題が生まれています。

また、今まさに新型感染症COVID−19(新型コロナウィルス)によって、
新しい「分断」が凄まじいスピードで生まれていっています。

COVID−19はこれまでの私たちの日常を一変させ、産業革命後に構築してきた既存の社会・経済を破壊しつつあり、まるで地球の文明転換を迫っているような未曽有の事態が世界を覆っています。

そしてこれから世界は、誰も今まで想像してこなかったニューワールドに突入していくことでしょう。

COVID−19によってあたらしい「分断」が生まれるということは、既存の「分断」と組み合わさり、またあたらしくよりむつかしい「問題」が生まれてきます。

これは可逆ではなく不可逆な流れだと思います。

こうした未来が待っている中で、私たち人類が様々な問題をクリアしていくための基本戦略は、分断してしまったものを今一度「結び直す」ことだと考えます。

「分断」されてしまったものを、もう一度結び直して「新たな力」をつくらなければ、ニューワールドは我々人類にとって悲劇的なものになってしまうかもしれません。

だからこそ今、「結びの力の必要性」を世界に向けて発信することには、
大きな社会的意義があると思っています

込められた二つの「祈り」

名前というのは、将来どうなって欲しいかという「願い」や「祈り」を込めて、付けられることが多いです。

例えば、自分の名前が好きかどうかは人生にものすごく影響が出ます。

ゆえに名付ける親の責任はとても大きなものです。

これと同じように、ブランド名や商品名が会社の利益に及ぼす影響も、私たちが思っている以上にとても大きなものです。

そして、名前に込められた「祈り」はその商品の未来をつくります。

お米は古代日本に「祈り(いのり)」と「稔り(みのり)」というサイクルをもたらし、常民の生活文化の核心を構築しました。

食のみならず、徴税の仕組み、地域の豊かさを示す石高、そして、日本経済の礎を築くなど、社会の中で重要な役割をいくつも担ってきました。

つまり、お米は日本人を日本人としてたらしめる重要なコンセプトなのだと思います。

お米がこうした価値を持つものであるからこそ、新品種秋系821のネーミングにもしっかりと「祈り」を込めるべきだと思うのです。

「ユイチカラ」には、

ユイチカラ自身が、先行きの見えない不確かな世界を「結びの力」で力強く歩みを進めて欲しいという「祈り」と、

ユイチカラが、世界中に「結びの力」を広げていって欲しい(役割・ミッション)という二つの「祈り」を込めました。

ネーミングからコンセプトに至るまでの「導線設計」

購入者視点に立って、ネーミングからコンセプトに至るまでの「導線設計」を行っています。

前述までのとおり、新品種秋系821のネーミング企画のキーワードは「結び・結い」に設定しました。

そしてここから、コンセプトである「地力」への導線を考えてつくりだしたものが「ユイチカラ」です。

コンセプトである「地力」は、ネーミングには直接は出さずに「力」のみを
表出するようにしています。

また、結び(ムスビ)ではなく結い(ユイ)にしているのは「チカラ」と組み合わせたときに「ユイ」の方が「語感」がいいためです。

「ユ 」という音は、華やかさと優しい印象を受け手に与え、「イ」という音は、強く前向きな力、突き進む印象を受け手に与えます。

逆に「ムスビチカラ」では語感はそこまでよくありません。

そして、人の好奇心はいつだって「なんだろう?」という違和感から生まれるものです。

だからこそ、ネーミングにも大きすぎず、小さすぎない「ほどよい違和感」を作ることが重要だと考えています。

この視点で見て「ほどよい違和感」があるのは「ユイチカラ」の方で、「ムスビチカラ」では、コンセプトと直結すぎて違和感が小さすぎます。

さらに、6文字よりも5文字の方が「音のリズム」も良いと思います。

漢字にすることも検討しました。

しかし、「結力」では分かり易さはあれど「親みやすさ」が消えてしまします。それに「読み方」もわかりづらいです(ケツリョク?)。

これらを理由に平仮名表記で、ムスビではなく「ユイ」としています。


購入に至るまでの導線イメージ

「ユイチカラ」を見て
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「ユイチカラ」ってなんだろう? どういう意味なんだろう?
ちょっと気になるからHPを覗いてみてみよう。
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なるほど「ユイチカラ」のコンセプトは「地力」で、それは秋田県の様々な価値が結ばれたことによって生まれた力ってことか。それで「ユイチカラ」なのか。
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世界中に「結びの力」を広げたいっていう祈りが込められているのも良いな。これは今の時代に必要な思想をまとったお米だと感じる。
 ↓
よし、試しに食べてみよう。
 ↓
購入。

このようにネーミングからコンセプトまでの販売の導線設計しました。


最後に、あきたこまち、ひとめぼれ、ゆめおばこ、めんこいな、淡雪こまち、秋のきらめき、つぶぞろいといったように、秋田県産米のネーミングの歴史は「平仮名」が主流です。

だからこそ、カタカナネーミングでセンセーショナルなイメージを纏わせました。

また、今までは女性的な印象を与える名前や、米の味覚やつやを意識させる名前が続いてきましたが、ユイチカラはどのカテゴリーにも当てはまらない「ミッション」を搭載したプロダクトとなっています。

「ユイチカラ」は、この先の世界の先導役となり、新時代令和を象徴する存在になると信じています。


(提出日:2020年5月7日)

<参考文献>




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