メカちゃん・2


パースの8月は寒い。
シェアメイト1は仕事に出かけシェアメイト2は専門学校に出かけたらしい。
シェアハウスの4つの部屋はすべてしんとしている。
8時間充電を終えたメカちゃんが部屋を出てリビングにいくと、シェアメイト3がいた。手をタオルで拭いている。シェアメイト1、2の皿と自分の朝食の皿が洗いカゴに立てかけられている。
シェアメイト3は、充電が終わった私をみて「おはよう」と声をかけた。8時間から10時間は動かなくなる私の午前中に家事をあまり割り当てない彼は親切だと思う。私の機能をわかっている。
「理解されている」感覚はコミュニケーションに安らかに機能する。

「おはよう」
「おはよう」

シェアメイト3がキッチンから離れた。
水をなみなみいれたコップを手にした彼は、シェアハウスの玄関先に向かった。玄関ドアをあけて、マンション脇に立つプルメリアの根元にコップの水を注いでいる。

「はい、こんにちは」

シェアメイト3が、誰かから声をかけられたらしい。急によそいきの声になった。
メカちゃんのいるキッチンから姿も声も聞こえないが、誰かが訪問し、なにかを彼に話しているようだ。
彼はうなずき、「ちょっと待ってて」と玄関のドアをいったん閉めた。
彼の自室に入ったかと思うとすぐに出てきた。財布を手にしている。
メカちゃんは起動したての焦点オフエコモード視野で彼の言動を追う。

大家さんに家賃でも支払ったのだろうか。
でもこの時間にいつもは来ない。

「誰だった?」メカちゃんが訊くと「知らない」とシェアメイト3は答えた。

「知らない人にお金を渡したの?」
「うん」
「どうして?」
「困ってたから」
「なんて言ってたの?」
「仕事がなくて、住むところもないんだって。お腹がすいているんだ」
「それでお金をあげたの?」
「そう」
「いくら?」
「10ドル」

メカちゃんは、彼の口座にシェアハウスの来月の家賃が払えるお金がはいっていないことを知っている。
祖国の母親へ少なくない額を仕送りしているのも知っている。
彼が今はいているスウェットのズボンの穴が日々成長しているのも知っている。
だからか、なのにか。
シェアメイト3の行動がメカちゃんには理解できない。

メカちゃんはこうみえて最新のビッグデータとIT機能を搭載している。人として大事な「共感」機能も随時アップデートしている。なのにメカちゃんは、わからない。

どうして自分の来月の家賃も払えるかどうかわからないのに、他人にお金を渡せるの?

彼がメカちゃんのほうを振り向いた。
心の声機能をミュートにしていなかったらしい。
メカちゃんも失敗する。どこまでも人間らしい仕上がり。

「あの人には今住むところがないんだよ。でも、ぼくには今あるからね」

シェアメイト3は、さも当然という顔をしている。

シェアメイト3のふるさとはテロリスト国として名指しされ攻撃され、ながいこと情勢が不安定だ。
彼は死にたての知人や友人の体にすがって慟哭して死体を飛び越えて壁や鉄線や網など越えたりくぐり陸地を離れ、ボートピープルと呼ばれ命を持って南半球に上陸した。フットボールとクリケット好きで筋骨隆々だった体から筋肉と脂肪を道中でごっそり落とした。
何ヶ月も難民キャンプで暮らしたあと、何千キロも離れた街に南下し、このシェアハウスで暮らすようになった。
壁も天井のある場所で暮らせるようになるまで何年かかったのか、そういえば聞いたことがない。

「今日は何を食べたい?」
シェアメイト3が聞いた。

人間すげえとメカちゃんは思った。



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