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愛情と関心のマネジメント 「この人たちと世界へ行く」

「うちの自慢の社員たちを紹介させてください」

そんな言葉から工場見学は始まった。

創業87期、日本のチョーク製造トップシェアを誇る日本理化学工業。
お米のワックスを主原料とした安心安全のお絵かきチョーク『kitpas(キットパス)』は日本文具大賞2024 グランプリを受賞。その楽しみ方を伝えるキットパスインストラクターは全国に4000人と広がっている。

しかし、この会社を語る上で最も外せない特徴は、「障がい者雇用7割」ということ。

昭和34年に知的障がいのある学生の就労体験を受け入れてからずっと、「皆働社会(かいどうしゃかい)」(大山泰弘 先代社長の造語)という「誰もが働く幸せを感じる社会」をめざして、障がいのある人と共に働く道を歩んでいる。

2024年12月2日、私はその日本理化学工業の川崎工場を見学する企画に参加した。ひょんなご縁から企画された、世界的プロデューサー川原卓巳さんと行く「キットパス工場見学ツアー」である。

川崎にある工場に到着!
ウィンドウアートに囲まれたスペースにて。みんなカラーつなぎで大集合!
チョークを持つ川原卓巳さん

「逆の目」を持つことからはじまる

「彼らには敵わない」
見学ツアーの最中、大山社長はそう何度も口にしていた。
現場で働く障がい者の方への、信頼度の高さがとにかく伝わってくる。

そんな社長も、障がい者雇用にこだわる父(先代・泰弘社長)に対し、若い頃は「そんなことをしていて何になるのだ」と考えた時期もあったそうだ。その時は、障がい者の人たちに対し「できない人」だという認識があったのだ。

しかし、自分自身が現場に入り、作業をしてみてその考えは一変した。「こんな集中力とクオリティで何時間も作業をするなんて、自分には到底できない!」彼らの凄さを肌身で体感したことで、「できない人」ではなく「できる人」という前提で考えるようなった。


届かないことを相手にせいにしない

「何かを教えた時にその人に伝わらなかったら、教えた人が悪いんだよ」
リーダーにとっては大変厳しい言葉だが、これは日本理化学工業の中で大山社長が教えられてきたことだった。

何かが苦手な人=仕事のできない人、ではない。彼らは「できる人」であり、教え方次第で活躍することができる−−その前提に立って初めて考えられることがあるのだと思う。実際の工場内には、多様な特性を持つ現場の社員たちがスムーズに仕事を進めるための、さまざまな工夫がなされていた。

例えば、ノギス。チョークの適正な大きさが一発で判断できる。例えば、「△の箱」。検品時、◯と✖️だけではなく、判断に悩んだときに使う箱。「迷っていい」という曖昧さを許すことで本来の作業に集中でき、逆に業務能率が上がる。他にも、バケツの色や砂時計の活用など、視覚的・感覚的に判断できる仕組みがたくさんあった。


「環境が人に合わせる」とは?

「障がい者の方々は、私たちみんなに不都合なことを教えてくれる人」なのだと、大山社長は言う。一発で判断できるチョークのメモリができたことは、結果みんなにとってもわかりやすくなり、ユニバーサルデザインに繋がっている。これができたのは「数字の管理が苦手な人」がいてくれたからだ。

「人が環境に合わせるのではなく、環境が人に合わせることができたら、もっとその人の力が活かせるのでは」その想いが、仕事の改良改善につながっていく。

私はこの話を聞いている時に、ひとつ思い出したことがある。

−−−−

4年前、家のTVで子供たちとパラリンピックを見ていた時のことだ。

「しょうがいって何?」

当時小1と幼稚園児の子供たちから、こんな質問が飛んできた。

さあ、彼らは何気なく聞いてきたが、改めて考えると説明が難しい。それでも私はなんとなく、考えながら話し始めた。

「障害物競争ってわかるよね?コースになんかハードルがあったりするやつ。今の社会っていうのはさ、健常者っていって、手が2本あって足が2本あって目が見えて耳が聞こえて…っていう人たち、MくんやNちゃんやママみたいな人たちに合わせて作られてるわけ。だから、例えば車椅子の人にとっては進む道に段差があると自分だけじゃ登れなかったりして、それがハードルになるでしょう?それを“しょうがい”って言うんだよ。」

そう説明して、自分で衝撃を受けた。そうか、「障がい」って環境側にあるのであって、彼らが持っているものじゃないんだ。

−−−−

私たちが考える「社会の中で働く」というのは、どう人を社会や企業のシステムに適合させるか、つまりほとんど「環境側に合わせる」ことを意味しているが、日本理化学工業では、徹底的に「人を活かす」ことが考えられる。

相手にとって分かりやすい教え方とはどんなものか。誰もが働きやすい職場とはどんなものか。そうした試行錯誤が積み上げられた結果、いまでは生産ラインのほとんどの工程が知的障がい者の社員だけで動かされている。


縮みゆく市場の中で

一方で、チョーク製造は斜陽産業だ。少子化で学校の数が減っている。市場がどんどん縮んでいくことが目に見えている中で、そのチョークが売上の大部分を担っているとあれば、会社を継続していく難しさは誰にでも想像がつくだろう。キットパスは、そんな中で誕生した商品だ。

様々な使い方が体験できるキットパスWS
童心に帰って夢中になる!

もちろん、全国の学校で消耗品として使われていたチョークの売上を、キットパスが取って代わるのは並大抵のことではない。会社として、単純に売上を上げるためであれば、業態を変更したり、または雇用を減らすという選択肢もあるのだろう。

しかし、日本理化学工業はそれをしない。

「この人たちとやっていくと決めてます」

そこには、敢えて難しい山を登るという揺るぎない覚悟があった。


先代が最期まで考えていた「皆働社会」

見学ツアーのラストを飾る、川原卓巳さんと大山隆久社長による対談は、社長の「障がい者雇用」に対する想いや、キットパスのこれからについてじっくりと耳を傾ける時間になった。

落ち着いたトーンで淡々とお話しする大山社長だが、その言葉は熱っぽい。

そもそも、なぜそこまで障がい者雇用に対してこだわりと情熱を持てるのか? ただでさえ厳しい状況の会社経営の中でだ。

大山社長ご自身も、その社の姿勢に懐疑的だった時代もあったと書いたが、先代・泰弘社長は、亡くなる前の病床にあってさえ、声が枯れるまで「皆働社会」=「みんなが活躍できる社会」をどう実現するかについて考え、話していたそうだ。「本当にすごい人だと、逆にファンにさせられた」のだと言う。

現場で働く社員について「相手を『すごいんだなあ』と思った瞬間に、変わるんです」という大山社長。私たちは、障がいを持つ人だと思っただけでどこか下に見てしまいがちだが、「障害のある誰々さん」から「誰々さん」に変わることで、認識が変わるのだと。

これには私自身も大変共感した。自身で主催しているインクルーシブARTフェス(WEAVE!)でも、さまざまな病気・障がいを持つ方と接するのだが、彼らは決して「支援されるだけの人」ではない。自分よりパワフルで多彩な能力があり、助けてもらうこともたくさんあるのだ。

それぞれを「ひとりの人」として見つめ、どうしたら活かされるかを考える『愛情と関心』のマネジメント。大山社長の言葉から、この視点なくしてこの労働環境は成し得ないのだと実感する。


働くことで得られるもの

働くってなんだろう。
ビジネスってなんだろう。
経営ってなんだろう。

この見学ツアーを経て、改めてこんな問いが私の中を埋め尽くした。

市場でのニーズや、生産性の高さ、お金になるかならないか。そういう定量的なもので私たちは仕事の価値を図りがちだ。

しかし、もう一度、「働く」の語源に戻って考えてみる。

働くの語源は、「端(はた)を楽にする」こと。諸説あるらしいので、必ずしも正解ではないかもしれないが、工場現場で見た彼らの姿、仕事ぶり、そして神業のような手技は、明らかにあの空間になくてはならないならないもので、「端を楽にする」を体現していた。

そして、彼ら自身の個性が生かされ、「居場所」があるという事は、障がいのあるなし関係なく、すべての働く人にとって幸せなことだろう。「日本でいちばん大切にしたい会社」と評される理由がここにある気がした。

「この人たちとやっていくと決めてます」という大山社長の覚悟には、この経営をやり抜くことで、誰もが幸せに働く社会を体現したいという夢が乗せられている。

そして、そう決めなければ見えない道がある。

成形中のキットパス

キットパスを世界ブランドへ

子供からお年寄りまで誰もが楽しめるキットパスは、紙・ガラス・鏡などさまざまな素材に描け、窓やガラスなどツルツルした表面であれば何度でも描いたり消したりできる画期的な商品だ。

素材の安全性の高さから、フェイスペイントに使えたり、お風呂でお絵描きを楽しむ商品などバリエーションもたくさんある。

キットパスで描かれた動物墨絵師・佐藤周作さんウィンドウアート
顔に描いても水で落とせる


そして、アートは人の鎧を取る。「表現する気持ちというものを、本来みんなが持っているのなら、それを取り戻したい」という大山社長の話からは、描くことの持つパワーをキットパスに携わるみんなが信じていることが伝わってくる。

日本理化学工業が描く夢、それはキットパスを世界的なブランドにすること。そして、すべての人に「楽がき文化」を届けること。

「落書き」じゃない。「楽しく」「描く」と書いて「楽描き(らくがき)」。誰もが自由に、描くことを楽しむことを意味する。

「楽がき」のローマ字を入れ替えると「理化学」になる!

キットパスの名前の由来は「きっとパスする」
きっとうまくいく、夢が叶う、そんな意味が込められている。

実際に、キットパスはMoMAやルーブルなど世界の名だたる美術館でも取り扱われ、その夢へと一歩ずつ歩みを進めている。

決して簡単な道じゃない。でもこの会社ならきっとできる気がする。応援したい!そんな気持ちにさせられる魅力が、日本理化学工業とキットパスにはある。

ここまでこの文章を読んでくれた方は、ぜひキットパスを手に取って、その魅力を体感してほしい。

そしてあなた自身の夢も、描いてみてほしい。文字でも絵でも、紙でも窓でもいい。心のままに、自由に。きっと叶う、そう信じて。

私もキットパスで夢を描いた!

そして、私が深い感動をもらった川原卓巳さんと大山社長の対談動画も、今なら購入してご覧いただくことができます!

障がい福祉やアートに興味のある方はもちろん、経営やマネジメントに関心の高い方も、ぜひ。

「世界のこんまり」をプロデュースした卓巳さんだからこそ引き出せるお話にも注目です。


最後に。

今回のツアーを企画してくれたのは、日本理化学工業に魅了された映像作家の紺紗実(こんさみ)さん率いる『キットパスつなぎ隊』の皆さま。感謝と共に、ここにご紹介します。これからもその活動にご注目ください!

▶︎キットパスつなぎ隊 Instagram  XTwitter

4色のつなぎ隊🩵💙💛💚 キットパスポーズで一緒に記念写真


「すべての人に、自己表現のよろこびを」
2025.5.24 大阪開催 インクルーシブARTフェス 『WEAVE!』
もキットパスを応援しています。
▶︎WEAVE!  Instagram  Web


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