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パリのラグジュアリーファッションとSDGs:持続可能性とデジタル化の未来

おしゃれな服や高級バッグは、私たちの生活に彩りを与えます。しかし、これらのアイテムが生み出す華やかさの裏には、環境や社会的な問題が隠れています。ファッション業界が直面する最大の課題の一つは、持続可能性の追求です。特に、ラグジュアリーファッションはその贅沢さと環境への配慮をどのように両立させるのかが問われています。パリのラグジュアリーブランドで働く中で感じたことを基に、これからも大きなトレンドとなるファッションの持続可能性とデジタル化をキーワードに考察します。


SDGsとラグジュアリー


既製服とオートクチュール:大量生産と一点ものの課題


既製服とオートクチュール(高級オーダーメイド服)は、ファッションの世界で異なる生産方法を採っています。既製服は文字通りすでに出来上がっている服を販売するために、前もって大量に同一デザインの服を生産しています。広く手に入る一方で、その生産過程や売れ残った服の大量廃棄など、環境負荷が問題視されています。一方、オートクチュールは顧客一人ひとりに合わせた一点もので、最高級の素材を贅沢に使用し、縫製の過半数の工程を手作業で行うなど、その制作は非常に高コストです。

私はこのオーダーメイドの服を制作するアトリエでパタンナーとして働いていますが、オートクチュールの世界でいかにサスティナビリティを追求するかの難しさを痛感しています。貴重な素材をふんだんに使うことがラグジュアリーの極みとされてきたこの世界で、環境負荷を減らすための新しい技術や素材にシフトしていくことは簡単なことではありません。

持続可能性とファッション:未来を見据えた選択


2015年に国連で採択された、2030年までに達成すべき17の持続可能な開発目標(SDGs)には、地球環境の保護だけでなく、働き方や労働環境の改善も含まれており、ファッション業界にも大きな影響を与えています。これにより、ブランドはサプライチェーン全体での透明性や環境負荷の低減を求められ、生産から販売に至るまでのモラル化が図られています。多くのラグジュアリーブランドは、高利益率を求める中で、安価な労働力に依存してきました。途上国だけでなく先進国であっても、工場など様々な生産現場で多くの人々が不当な労働を強いられてきた背景があります。

2024年から段階的に進められている、欧州連合(EU)のデジタル製品パスポート(DPP)は、これらの課題解決を目指し、製品の製造過程を消費者が理解しやすくするための重要なツールです。製品の生産から消費者に届くまでの全過程を記録し、付属のQRコードを読み取ることで、その製品がどのように作られたのかを詳細に知ることができる仕組みです。製品の素材や成分、エネルギー効率や環境への影響、リサイクル方法など、様々な情報へアクセスが可能になり、私たちは自分の倫理観に合った商品を選べるようになります。DPPの導入により、ブランドは自社の製品が環境にとって、また社会的にも基準に則した生産を行っていることをアピールでき、その理念をストーリーとしてブランドイメージに反映させることも可能になります。

パリの様々なブランドもDPPの導入に向けて準備を進めています。製品のトレーサビリティを強化し、それがどのように生まれたのかを伝える努力をしていかなければなりません。お客様にとって、ただ「美しい」だけでなく、その裏にあるストーリーを理解してもらうことが、より豊かな体験として価値を持つ時代が訪れようとしています。


デジタル化が変えるファッション体験


デジタル化の進展は、持続可能性の実現に向けても大きな役割を果たしています。製品の追跡を可能にし、サプライチェーン全体の透明性を高めるデジタル技術は、環境への負荷を最小限に抑えるための鍵となっています。また、AIやビッグデータの活用によって、各ブランドは無駄を減らしつつ、顧客に最適化されたファッションアイテムを提供することが可能になります。

メタバースとデジタルファッションの躍進


パリコレクションは、大きな変革を迎えています。物理的なショールームやランウェイショーに代わり、物理的な空間とデジタル空間を統合した仮想世界「メタバース(仮想世界)」を利用した、バーチャルショールームやデジタルウェアラブル(身体に装着できるデジタル機器)が登場しました。メタバース内で私たちは家にいながら最新のファッションを試すことができるようになり、ブランドは顧客一人ひとりにパーソナライズされた体験を提供できるようになります。

AIとビッグデータがもたらすパーソナライゼーション


さらに、AI技術とビッグデータの活用により、ブランドは顧客の嗜好を詳細に分析し、それに基づいて個々に最適化された商品提案を行います。これにより、私たちは自身の好みによりマッチしたファッションアイテムを提案してもらい、実際に探す手間を大きく省略して手に入れることができるようになるでしょう。

これにより、過剰在庫の削減も進んでいます。データに基づいたトレンド予測と在庫管理により、必要な分だけ生産し、無駄を最小限に抑えることが可能になりました。日本でもこの技術が進展してきており、時間を節約できるパーソナライズドショッピングが普及しつつあります。

パーソナライズ化する既製服


デジタル化の進展は、これまで既製品を選んで買うだけだった一方通行の「生産→消費」という形を大きく変えようとしています。私たちの好みを完全に把握したAIが、一人ひとりのパーソナルスタイリストとしてワードローブを編集、提案し、そのデータをブランド側にフィードバックすることで新しいサプライチェーンの仕組みが作られていくでしょう。もちろん、これまでのように好きなデザイナーの提案する服を着たいという需要も残っていくはずですが、これらの顧客ニーズに即したサービスをいかに自社のブランディングに繋げていくかは、ファッション業界の大きな課題です。

既製服はよりオーダーメイドに近い、顧客一人ひとりに合わせた制作が可能になるかもしれません。オートクチュールなどの注文服との垣根が薄れていく中で、その棲み分けをどこに求めていくのか、大きな転換期が訪れようとしています。


持続可能性のコストと消費者の選択


サーキュラーエコノミーの到来とリコマースの挑戦


2024年、サーキュラーエコノミー(循環型経済)という概念がファッション業界において強力な影響力を持つようになりました。ファッションブランドは、製品の再利用やリサイクルを重視する新たな流れを作り出しています。バーバリーやグッチなどのブランドは、未使用在庫のリサイクルや労働者の権利保護に注力し、より倫理的なアプローチを追求しています。

しかし、リコマース(再販ビジネス)の実現は一筋縄ではいきません。中古品を再販することで、ブランドとしての価値をどう維持するか、さらに新品販売と同じような利益をどのように確保するかが大きな課題となるでしょう。この分野で成功するためには、単なる商品の提供だけでなく、顧客との新しい関係性を築く必要があります。

リコマースと中古品の難しさ


もう一つ、私たち消費者に向けられた重要な問いは、「新品ではない」服でも抵抗なく着ることができるかということです。リコマース市場が拡大している今、中古品やリサイクル製品が選択肢として広がっていますが、実際にそれを受け入れられる人はまだまだ多くありません。新品の服には特有の魅力がありますが、それを超えて環境への配慮を自ら選択することが、今後のファッション業界を変えるカギとなります。そしてこれは、私たち一人ひとりがこれまでの消費の方法を問い直すことでもあります。オートクチュールでは、お届けした服の納品後にもお直しを受け付けています。体型の変化に合わせて以前購入した服をリニューアルし、長く愛用していただくため、可能な限りお直しをしています。仕立てられたお洋服を、大切に着ていただいていると感じる瞬間は、作り手としてとても幸せな時間でもあります。

おわりに:持続可能な未来を選び取る


ラグジュアリーファッションとSDGsの両立にはまだまだ課題も山積しており、簡単なことばかりではありません。持続可能性の追求にはこれまでかからなかった様々な環境保全のコストが発生します。2023年は各ブランドが問題を意識しながらも、顧客離れを心配して高いコストを受け入れることができず、足並みに乱れが生じました。もちろん、長期的にはコストは最適化していくでしょうが、どのブランドも時代を引っ張るリーダーの出現を待っています。私たちが持続可能な選択をできるかどうか、消費に関するこれまでの価値観を見直すことができるかどうかが、ファッションの未来を大きく変えようとしています。

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