第3回:キーパーソン判明:意外と面倒な状況 -事態が長期化する可能性を想定する-
紅葉山FCが利用している市営グラウンドが、近隣住民からの苦情によって使えなくなってしまいました。まだ状況がよく分かっていないものの、他の利用団体が苦情の原因となっている可能性があり、事態の収拾には時間がかかりそうです。
6日(月曜日)の夜、紅葉山FCの幹部メンバーが再び、会計担当の沢崎の事務所に集まりました。この日はまず近藤から、市役所を訪問して聞いてきた結果が報告されました。
近藤(渉外担当):今日また市役所に行って担当の日吉さんと会ってきたんだけどね、今日は上司の方がおられたんで事情を聞かせてくれないかって頼んだんですよ。最初はちょっと渋ってたんですけど、まあ何とか話してもらえました。それで私もびっくりしたんですけど、市に苦情を言ってきたのは自治会長の藤田さんだったんですよ。
高宮(監督):え?なんで藤田さんがそんなこと言ってきたの?
近藤:それがですね、自治会の会合に来てた主婦数人が市営グラウンドの近くに住んでるらしくて、騒音とか迷惑駐車で困ってるような話を雑談の中で話してたらしいんです。それで藤田さんに相談したと。藤田さんは市議会議員の森山さんと旧知の仲なんで、これを森山さんに相談したらどうも話が大げさになったって事らしいです。
沢崎:それは厄介だなぁ。
近藤:ですよねぇ....。
森山議員が絡んでいることにメンバー一同は驚きを隠せませんでした。森山議員は市議会の中でも古参であり、地元での人脈が広いのであちこちに影響力が大きいことを誰もが知っているからです。しかも、なかなかの頑固者なので、森山議員の機嫌を損ねるようなことがあると、解決まで時間がかかるかもしれないというのが、この場にいたメンバー共通の認識でした。
近藤:で、森山さんと藤田さんが一緒に市役所に来て、市営グラウンドの夜間利用を中止するように迫って来たそうです。本来なら市営グラウンドの利用時間帯を正式に決めるためには別途手続きが必要になるので、決めるにしても時間がかかるんですけど、それでは森山さんが納得しなくて、何とか早くできる方法は無いのか?って迫られたので、しかたなく日吉さんから提案して、とりあえず暫定措置として、クレームの対象となった団体に対して自粛を要請するという事でどうか?ということになったらしいです。
高宮:そうか.....ところで他の利用団体の代表者の連絡先は分かったの?
近藤:はい、名前と電話番号を聞いてあります。
高宮:ありがとう。じゃあ俺から野球チームとフットサルグループの代表に連絡をとって、協力してもらえるように頼んでみるよ。彼らもグラウンドを使えなくなって困っていると思うから、協力してもらうのは難しくないんじゃないかな。
沢崎:しかし、森山議員が絡んでる上に、他の利用団体とは今から話し合いを始める訳だから、ちょっと解決まで時間がかかるかも知れませんよね。6月の試合までの残り期間を考えると、市営グラウンドが使用できない間に他の場所で練習できないか、並行して検討した方がいいんじゃないですかね。
高宮:そうだよな。じゃあ丸山さんの方で、他に練習場所として利用できる可能性のある場所を探しておいてくれる?
丸山(備品担当):分かりました。ただ今週はもう間に合わないと思いますから来週分からでいいですよね?
高宮:そうだね。今週の練習も中止ということで。岡田さんからメンバー全員に連絡しておいて。
岡田(運営担当):はい、今週も中止ということで連絡を回しておきます。
沢崎:県のサッカー協会には私から今日までの状況を報告しておきますよ。
高宮:お願いします。それから自治会長とは早めに会っておいた方がいいよね。正直言ってああいう人は苦手なんだけど、そうも言っていられないよなぁ。悪いけど近藤さんから藤田さんに連絡とって日程調整してくれる?俺もなるべく都合つけるようにするから。
近藤:分かりました。明日連絡して予定聞いてみます。
高宮:よし。じゃあ明後日また集まって、それまでの進捗を確認することにしようか。沢崎さん、明後日の予定あいてる?
沢崎:大丈夫ですよ。また事務所使っていただければ。
高宮:ありがとう。じゃあまた明後日の7時に集まりましょう。
まさかここまで面倒な話になるとは......高宮監督は戸惑いを隠せませんでした。野球チームやフットサルグループのメンバーとは全く面識がないので、この先どうなるのか見通しが難しいですし、自治会長と話すのも気が重いと感じています。
しかし一方で、渉外担当の近藤をはじめとして幹部メンバーが積極的に動いてくれることを、頼もしく感じていました。いつもは毎週の練習のために決まりきった作業を粛々とこなしているだけなので、今回のようなイレギュラーな事態に彼らがどの程度対応できるのか、ほとんど知らないのですが、何となくうまく乗り越えていけそうな雰囲気も感じていました。
【今回の場面における緊急事態対応の勘どころ】
紅葉山FCでは対応開始当初からメンバー間の情報共有がうまく行われ、今回も新たにもたらされた情報により、事態がどの程度深刻かという状況認識を統一することができています。加えて、同じ状況にある野球チームとフットサルグループへの協力の呼びかけ、という新たなアクションにつながっています。他の団体との協働(※A)は今後重要な要素となってきますが、次回以降で改めて解説します。
さらに、練習場所を使えないという状態が長期化する可能性や、このままの状態が続くと6月の試合ができなくなる可能性(※B)など、様々な観点で悲観的な方向の予測に基づいて先手を打って対処方法を探るための行動に着手しています(※C)。このように、市営グラウンドの利用再開を目指しつつも、利用できなかった場合も睨んだ先を見据えた戦略を採用していることが重要なポイントです。
本連載は緊急事態対応に関するノウハウが体系化された国際規格「ISO22320」を拠りどころにして書かれています。今回の場面における緊急事態対応の勘どころがISO 22320の2018年版に記載されている場所は次のとおりです(アルファベットA~Cは上の ※A〜C に該当します)。
A:4.4 協働
B:5.2.3 時間の重要性の理解
C:5.2.4 先を見据えること
イラスト:上倉秀之
オリジナル記事はこちら。
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