第1回:事件発生!練習できない? -当面の活動目標を決める-
首都圏の某市では、紅葉山商店会の会員を中心としたサッカー愛好者による地域サッカークラブ「紅葉山FC」が活動しています。メンバーは酒屋を経営している高宮監督をはじめとする14名で、小規模ながら県のサッカー協会にも加盟しています。また、試合があれば応援に駆けつけてくれるサポーターも増えてきました。
現在は2カ月後に控えている公式戦に向けて、毎週木曜日の夜に市営グラウンドで練習していますが、4月1日の水曜日に、その紅葉山FCで渉外を担当しているコンビニ経営者の近藤から、高宮監督に1本の電話がありました。
近藤:高宮さん大変ですよ、市役所から連絡がありましてね、市営グラウンドの利用を今週から当面の間自粛してくれないかと言われました。
高宮:何それ、どういうこと?
近藤:いや私もあまりに唐突な話なんでよく分からないんですけど、どうも近所の方々からのクレームがあったらしいんです。
高宮:じゃあ明日の練習もできないわけ?
近藤:ええ、そういうことです。それに再来月あそこで協会の公式戦じゃないですか。あれもうちの名義で利用申請出してますから、試合もできなくなるかも知れませんよ。
高宮:わかった。とりあえず近藤さんの方でもう少し詳しく事情を聞いといてよ。俺とりあえずメンバーに連絡するからさ。
試合の主催は県のサッカー協会ですが、市営グラウンドを借りる手続きの都合で紅葉山FCが利用申込者となっています。したがって紅葉山FCが市営グラウンドを利用できないとなると、試合も開催できなくなるかもしれません。
高宮監督はすぐに運営担当の岡田に電話し、翌日の練習が中止になることをメンバー全員に連絡してもらいました。一方で紅葉山FCの運営を担っている数人の幹部メンバーと連絡をとりあい、練習予定日だった翌日の夜に、会計担当の沢崎が経営している不動産会社に集まることになりました。
翌日の夜、沢崎の会社にメンバー全員が集まりました。もともと練習のためにみんな予定を空けていたので、問題が発生した翌日に全員が集まることができたのは幸いでした。
まず渉外担当の近藤が、これまでに分かっている状況を報告しました。市の担当者によると、市営グラウンドの近隣住民から「夜間の練習中の声がいつもうるさい」「飛んできたボールが車に当たったのに謝罪もなかった」「車で練習に来たメンバーが路上駐車していて迷惑」といった苦情があったため、当FCに対して利用を当面自粛するよう要請されたとのことでした。
これはメンバーにとって、あまりに唐突な話でした。何年も前からこのグラウンドで木曜の晩に練習していますが、そのような苦情を聞いたことはありませんし、駐車場も十分広いので、メンバーの車を駐車場に停められなかったことはありません。ボールをグラウンドの外まで飛ばしてしまったことも、少なくともメンバーの間では記憶にありません。メンバーの多くは、もしかしたら他の利用団体が原因なのではないか、という疑念を抱きました。
そこで高宮監督は、当面の目標を「苦情の内容とその原因を具体的に把握すること」と「関係各方面の混乱をできるだけ少なくすること」と決めました。また渉外の近藤に対して、再び市の担当者に連絡をとって、誰から苦情が寄せられたのかや、騒音や迷惑駐車などの迷惑行為が発生した具体的な日時などを、詳しく確認するよう頼みました。近藤は翌日に早速連絡を取ることにし、その結果をもとに当日夜に幹部だけ再び集まって、今後の対応を話し合うことになりました。また、このままだと再来月の試合の開催にも影響が及びますが、確認の結果によってはグラウンドの利用を早期再開できる可能性もあるため、サッカー協会に対する連絡は今の時点では行わないことにしました。
【今回の場面における緊急事態対応の勘どころ】
現時点で紅葉山FCの立場から事実として分かっているのは、(1)市営グラウンドの利用を今週から当面の間自粛してほしいと市から要請されたことと、(2)その理由が市営グラウンドの近隣住民からの苦情であったことの2点だけです。また2カ月後に県サッカー協会の公式戦が同グラウンドで予定されているために、紅葉山FCとしてはこれを念頭に置いて今後の対応を検討する必要があります。緊急事態対応においてはこのように、事実に基づいて状況を把握し、関係者間で共通の状況認識を持つ必要があります(※A, B)。
また、これらを踏まえて高宮監督が、当面の目標を「苦情の内容とその原因を具体的に把握すること」と、「関係各方面の混乱をできるだけ少なくすること」と決めたことも、緊急事態対応において重要なポイントです(※C)。
今回の場面では最後に、翌日の夜に幹部が再度集まって協議することを決めて解散しています。このように次の会合の予定を決めることによって、高宮監督が設定した目標のうち、「苦情の内容とその原因を具体的に把握すること」をいつまでに達成すべきなのか、という当面の活動期限が関係者間で共有されています(※D)。このように当面の活動期限を決め、その時点で活動の結果を評価して、それ以降の活動計画を決めるというのが、緊急事態対応における活動サイクルになります。
ちなみに、本連載は緊急事態対応に関するノウハウが体系化された国際規格「ISO22320」を拠りどころにして書かれています。今回の場面における緊急事態対応の勘どころがISO22320の2018年版に記載されている場所は次のとおりです(アルファベットA〜Dは上の ※A〜D に該当します)。
A:5.2.1c 状況に関する情報
B:5.2.1h 状況認識の統一
C:5.2.1b インシデント管理目標
D:5.2.1e 当面の対応計画を決定する計画立案機能
イラスト:上倉秀之
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