ちょっと本屋に行ってきた話
よし、行くか!
そう決めたのは木曜の朝だった。
そして翌日の金曜日、わたしは出かけた。
「じゃ、ちょっと本屋に行ってくる!」
そんな週末のなんでもない話だ。
ことの始まりは、行くと決めた前日、9月4日の水曜日。
このXのポストを見たことだった。
もるひねさんという方のポスト。
もるひねさんは今年登壇したセミナーでご挨拶させてもらった人。
(ポスト引用させていただきました)
投稿されたのは前日の9月3日の火曜日。
わたしがブックデザインを手がけた本をいっせいに並べてもらっている。
しかも棚4つづかいの大展開!!
ここでこんなフェアをやっていることは知ってたんだけど、実際誰かが見に行ってくれている投稿を見て、「ああ、本当にあるんだ!」と。
やべー、これいきてー!
棚の前で写真撮りてー!
これ、わたしも見に行くべきなのでは?
でも三省堂は三省堂でも、ここは札幌の三省堂。
神奈川在住のわたしには遥か遠い場所。
「ちょっと本屋いってくるわー」な気軽なノリで行けるはずが…
ない!
遠いし。
仕事山積みだし。
そんな棚の前で写真を撮るためだけに北海道に行くなんて…
なんて思っていたらその日の夜。
札幌在住の編集者のO川さんがもるひねさんのポストを見て、三省堂書店に行って写真を送ってくれた。
あら?棚が変わってる?
4つあったはずの棚が2つになってませんか?
昨日までは4つあったのが、2つになったらしい。
カレンダーの大きなフェアが始まるので少し規模を縮小したとのこと。
4つが2つに。
半分になった。
行くテンションが半分になったかと言えば、逆だった。
むしろ行きたい欲求が刺激された。
この展開がなくなる前に行こう!
展開は半分になったけど、
こんなこと一生のうちにもうないかもしれないし、
この目でちゃんと見ておこう。
行って目に焼き付けよう!!!
そして棚の前で写真を撮ろう!
よし、行くか!!
翌日、木曜日の朝、そう決めた。
「ちょっと本屋いってくるわー」な軽いノリで行けるわけ、
ない!
はずがない!!
行ける!決めれば行ける!!!
さすがに当日は行けない。
最速で行ける日、明日行こう。
正直、行ってる場合じゃない。
仕事、大山積み!
やること盛りだくさん!
知るか、考えたら何もできない!
考えるの、やめ!
普通に考えたら無理なんだから。
…仕事の調整?そんなの知るか、どうにかなるだろう、いやならないか、でもふつうに考えたら「行かない理由」ばかりを考えてしまうので、いろいろ考える前にチケットを買うことにした。
買ってから考えよう。
というわけで金曜発の便のチケットと帰りの便のチケットを即行で買う。
ただ、なめてた。
夏休みも終わったし、週末とは言え、そんなに混んでないだろうと思っていたら、ほぼ満席。
金曜の午前の便は完全に満席、夕方以降もキャンセル待ち。
昼の便にいくつか空きがある状態だった。
しかも、高い。
片道4万円。つまり往復だと…。
ちょっと行って帰ってくるだけで飛行機だけで8万円。
ふらっと書店に行く金額じゃない…と思ったけど、
見なかったことにして、買って座席指定する。
座席は、確かにほぼ埋まってる。
行きの座席は確保した。
ただ、帰りは…空いてる座席がない。
え!?座席がないのにチケット売ったの?
よくわからないけど
フライトの何時間か前に空いてる座席をもう一度確認するようにとのこと。
キャンセル待ちってこと!?
え!?帰れないかもしれないのか…。
別の便に変えるかと思ってキャンセルしようとしたら、
キャンセル料で料金が半分しか戻ってこない。
まじか。
ま、行くには行ける。
仕方ない。帰ってこれないなら、帰らなければいいか。
とにかく考えている時間がない。
仕事を行く前にすべて終わらせないといけない。
1秒も無駄にできない。
超速でホテルも予約した。
あまりよく考えなかったけどホテルもバカ高い…。
北海道の観光人気、すごすぎる。
なめてた。
とにかく、「ちょっと本屋に行ってくる」にかかる金額が
とんでもない金額になってしまった。
しかも帰ってこれるのかどうかよくわからない。
何やってるんだろう…。
ただ、行くと決めた。
あとは行くための努力だ。
仕事をそれまでに終わらせる。
週末にするはずだった仕事まで含めて、金曜の朝までに終わらせないといけない。
とにかくマシンと化して黙々と仕事をこなした。
そして迎えた金曜日。
決めれば何とかなるもんだ。
あらかたすべて片づけた。
仕事は土曜日にやる分まで含め金曜の午前中のうちに終わらせた。
そしてルーティーンはジョギング以外すべてこなした。
掃除もダンスもしっかりやった。何やってるんだ…。
でも、これで行ける!
まってろ、三省堂書店の棚、今日、会いに行くぞ!
棚の前で写真を撮るぞ!
出発直前のギリギリで持っていくものを準備して、駅までダッシュで走り、電車に飛び乗って、ストッパーの使い方を忘れて転がっていくスーツケースを必死に足ではさみながら、電車の中で読書をして空港に向かう。
書店へのお礼のお菓子を空港で買って、飛行機が遅延した時間を使ってデザインの修正作業をしたり、本を読んだり、1秒も無駄にしない鬼気迫った正しい旅の過ごし方を実践する。
そして、ついたーーーーーーーーー!!!!!
札幌!!!!!!!
空気、涼しい!気持ちいい。
もう神奈川じゃないぞ!
で、もう夜!!!
観光なんかしているヒマはない。
とにかく、書店へ行くのだ。
閉店する前に行くのだ。
どきどきしながら、札幌の駅ビルの中にある三省堂書店・札幌店を目指す。
ああ、あの棚を見たら、卒倒して倒れちゃうかもな…
きゃーーどうしよう!!!
どきどき
で、ついに、いよいよ、きた。
三省堂書店、札幌店!!!!!!!!!
降臨!!!!!!!
でけー!こんなデカイ書店なんだ!!
すげーー!!
この書店にあの棚が!!!!!!!!!!!!!!
わくわくしながら、でもきわめて冷静なフリを装って、店内をぶらぶらと歩く。
どこにあるかな、どこにあるかな?
このへんか!
ないなー!
こっちかな!
ないなー!!
そして、ついに!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
じゃーーーん!!!!
あったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
うそ!!!!
なくなってたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
「き、昨日まで、ここにあったんです!」
とは、歴史的瞬間に立ち会うために来てくれた札幌在住サンクチュアリ出版のO川さんの証言。
終わった。
頭の中は真っ白で、何も考えられなかったけど…
せっかく来たので、北海道らしい本を買うことにした。
レジでお金を払い領収書の宛名を聞かれ「井上新八」と言いまして、先日までフェアをしていただいていた者で…えへへ、と小さな声で念仏のように囁いていたら、店長さんが来てくれた。
店長さんに聞いたところ今日の日中までは棚があったそうで…
棚の入れ替えで…
そうですか、ちょっとだけ遅かったんですね。
一歩、遅かったんですね。
でも、今日まではここにあったんですよね!!
はい!ありました。
店長さんには、
今日までフェアをしていただいていたお礼と感謝の気持ちを全力で伝えた。
お菓子も渡せた。
全力でありがとうは伝えた。
目的は達成した。
入れ替え中の棚に戻る。
「ここにあったんだ」
そう思って改めて棚を見る。
3日前
どーーん!
2日前
じゃーーん!
今日
……
これは、歴史だ…。
わたしはいま歴史の跡地に立っているんだ。
そう思って空になった棚を見ると…
そこにあった輝かしさの痕跡を、その面影を感じられないだろうか。
人はなぜ歴史の跡地を訪れるのか。
そこでそれがあったことを確認するためだ。
「そこに、あった」
それこそが本質だ。
時間は常に過ぎていく。
「ある」は次の瞬間、「あった」に変わる。
わたしはかつてそこにあったものをいま見ている。
ちょっとだけ残念ではあるけど、
やっぱ残念だけど、
いやほんと残念しかないけど…
来れたんだ!!
行けないと思っていた場所にいま、いる。
無理と思っていたことができた。
決めれば、できる。
それで十分じゃないか。
「ちょっと、本屋に行ってきた」
ほんとただそれだけの話だ。
撮影・使用許可は店長さんにいただきました。
三省堂書店札幌店様、改めてありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
いつもと違うところで収録した「続いてるラジオ」です。