【幻想に満ちた】映画『霧の中の風景』感想【姉弟のロードムービー】
以前から気になっていた監督がいる。名前はテオドロス・アンゲロプロス。ギリシャ出身で70年代から2000年代にかけていくつかの作品を撮っている監督だ。往年の名作を語るうえで、よく名前が挙がる監督だけに以前から観たいと思っていた。
今回、鑑賞したのはアンゲロプロス監督の代表作ともいわれる『霧の中の風景』。会ったことのない父親を探しにドイツに向かう幼い姉弟の旅路を描いた作品で、第45回ヴェネチア映画祭で銀獅子賞を受賞するなど高い評価を得ている。
【感想】
傑作とは聞いていたが本当に素晴らしく、自分の大好きなタイプの作品だった。本作はとにかく画面の奥行きを使った映像が多い。アンゲロプロス監督は長回しを多用する監督とのことだが、長回しの映像の中で登場人物達が画面の手前、奥へと移動する。だからこそ、画面の中の世界に拡がりを感じられる。冒頭の駅のホームの場面から素晴らしくて引き込まれた。
物語も良い意味で予想を裏切られた。物語序盤で父親はドイツにはいないことが早々に明かされる。姉弟は行きずりの男との私生児であり、ドイツにいるというのは母親の真っ赤な嘘であることが判明するのだ。つまり父親に会いにドイツに行くという彼らの目的は早くも答えが出てしまう。では彼等はどこへ向かうのか?この物語をどう終わせるのか?そこが気になって物語に引きつけられた。
幻想的な場面が多く登場するのも印象的だ。警察署を抜け出す場面は絵本の世界のように美しい。死んだ馬を前に悲しみにくれる場面と結婚式の喜びが同居する場面はシュールで暗喩的で大好きな場面だ。リアルスティックな作品かと思っていたが、観終わってみると本作は寓話だったことがよく分かる。
劇中のほとんどがロングショットで撮られているため、姉弟に感情移入するというより、親のように見守る立場で観ていた。彼らが訪れる場所は、さびれた田舎町だったり、荒地だったりとどこか寂しさを感じさせる。華やかな画面構成ではなく台詞も少ない。それでも画面から眼を離させないのは画に力があるから。
道中で出会う人物達も様々だ。旅芸人の一座の青年は本作における清涼剤の爽やかさと安心感がある(アンゲロプロス監督の他作品の登場人物らしいのでそちらもチェックしたい)。かと思えば、トラックの運転手との場面は衝撃的だった。あの場面、長回しで撮られているため、拷問を受けているような気分にさせられる。長回しが最悪な意味で最も効果を発揮している場面と言って良いんじゃないだろうか。
この作品、どちらかというと弟より姉に焦点が当てられていると感じていたが、監督が自身の娘たちに向けて撮った作品と知って納得した。本作は寓話的だが、どことなく教訓めいてるようにも見えるのだ。
あてどない旅から、姉と青年の交流がメインとなっていく後半。再開した青年と姉が浜辺でダンスをしようとする場面はなかなかに興味深かった。
少女が躍るのをやめて砂浜に膝から崩れ落ちる場面、当初は男に身体に触れられたことでトラウマが甦ったのだと思っていた。だが、その後の展開を見る限り、あの瞬間に自身の恋心に気付いたのかもしれない。もしくはトラウマと恋心、どちらも入り混じった感情が沸き上がったのかもしれない。
トラックでの出来事に、初恋に失恋、姉がこの旅で経験したことはあまりに大きい。淡々とした作風の本作だが姉の成長が胸にしみる。
ラストは解釈が分かれるところだが、観客一人一人の想像に任せているのだろう。中盤での捨てられたフィルムの場面を振り返ると、ラストのあの場面にはメタ的な演出も含まれているのかもしれない。
後、観ててファスト映画のことが頭をよぎった。個人的にファスト映画を必要とする人はあらすじと見せ場だけを追っかけていると考えているが、ファスト映画では、こうした長回しの醍醐味を楽しみことはできないのではないだろうか。
【作品視聴方法】
現時点では配信は見当たらなかったので、レンタルか購入になる。アンゲロプロスの他の作品も開拓したいのでU-NEXT辺りで監督作品を一挙配信してくれないだろうか…
【題材が似ている映画】
姉と弟が主人公のロードムービーと聞くと頭に浮かんだのがこちら。序盤の不穏な雰囲気に、ありのままの自然が美しい傑作。サバイバルっぷりではこちらの姉弟の方が命がけともいえる。
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