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名もなきボクサー達への静かなエール 映画『BLUE ブルー』

日本映画史にまた新たなボクシング映画が誕生した。『机のなかみ』(2006年)、『ヒメアノ~ル』(2016年)など、人間の心理を絶妙に捉えた表現で映画ファンを魅了し続けてきた吉田恵輔監督の新作『BLUE ブルー』。自身も中学生から30年以上続けてるというボクシングを題材に、構想から完成までに5年以上の歳月を費やした作品だ。誰よりもボクシングが好きだが試合には負け続けている瓜田を松山ケンイチ、その後輩で日本タイトルを狙えるくらいのポテンシャルを持つ小川を東出昌大、好きな娘の気を引きたいという動機からボクシングを始める楢崎を柄本時生、瓜田の幼馴染で小川の恋人の千佳を木村文乃が演じている。

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タイプの異なる3人のボクサーを通じて描かれるのは、ボクシングに身を投じた男達の人生の一片。そこには青春の輝きと苦味が詰めこまれている。
中でも、瓜田が直面する『情熱だけではどうにもならない現実の残酷さ』は、何かしらの夢を追いかけている人に突き刺さるテーマだろう。吉田監督は2013年に監督をつとめた『ばしゃ馬さんとビックマウス』でも同じテーマを描いている。『ばしゃ馬さんとビックマウス』では、麻生久美子演じる馬淵みち代がプロの脚本家を目指すものの落選し続け、夢を諦めるか続けるかの人生の岐路に立たされる。本作の瓜田とみち代は性格も似ており、どちらも真面目で実直、しかし結果が伴わない。劇中でみち代が漏らす『夢を叶えるのが難しいとは分かっていたが、夢を諦めるのもこんなに難しいとは思わなかった』という台詞は本作の瓜田にも通じるが実に重い。「夢」という言葉は甘美な響きではあるが、反面、呪いのような存在でもある。瓜田もみち代も夢に囚われた人間だ。吉田監督は2つの作品を通して「夢」の負の部分を描く。さらに言えば、これまでの作品をみても、吉田監督作品の主人公は勝者ではなく敗者が多い。勝者の輝きではなく敗者が味わう焦燥感や悔しさ、そういうものにこそ監督が魅力を感じてることも伺える。

ばしゃ馬さんとビックマウス② (1)

また、吉田監督は、本作を市川準監督の『トキワ荘の青春』(1996年)をイメージしたとも語っている。『トキワ荘の青春』は、日本の漫画黎明期にトキワ荘に集まった漫画家達の青春を描いた作品だ。作品内では、売れっ子になっていく漫画家がいる一方、夢破れる漫画家の姿も描かれている。確かに本作のボクシングジムの面々をトキワ荘に置き換えてもしっくりくる。特に漫画を愛しながらもトキワ荘を去ることになるテラさんと瓜田の姿はよく重なっている。

トキワ荘の青春 (1)

本作は瓜田以外のボクサー達にも焦点を当てて描かれている。瓜田と対照的に才能あふれるボクサーとして活躍する小川だが、その人生は決して順風満帆という訳ではない。小川も脳に病を抱えており、ボクシングを続けるかあきらめるかのギリギリの中をせめぎ合っている。劇中、小川が何度も苦しむ姿が描かれるがその姿は孤独、ヒーローインタビューを受ける様子や終盤の事故を起こした姿には胸が締め付けられそうになった。小川も瓜田とは違う苦しみを抱えながら生きているのだ。そして忘れてはいけないのが新米ボクサーの楢崎。瓜田と小川のパートだけだとシリアスで重い雰囲気になりそうだが、それを和らげているのが楢崎の存在感だ。吉田監督作品の魅力の一つに、笑いとシリアスの絶妙なバランス具合が挙げられるが、本作では楢崎がコメディリリーフの役割を演じており、緊迫した雰囲気を和らげてくれている。最初は笑えるだけの楢崎のパートだが、徐々に応援したくなるような展開が王道の少年漫画のようで熱くて面白い。三者三様の生き様がボクシングを軸に絡み合う物語だが、これが監督のオリジナル脚本というのが素晴らしい。吉田監督作品は、オリジナル脚本の作品が多いのだけど、毎回面白いので安心感すらある。

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本作も過去作同様、コミカルとシリアスさを織り交ぜた物語なのだが、その中でも今作は爽やかな余韻を残す作品となっている。特に千佳を巡る瓜田と小川の三角関係など、これまでの吉田監督作品だとドロドロしそうな部分もあっさりと描かれる。これまでの作品と違い、作品を包む雰囲気が柔らかいのは、自身もボクシングに身を捧げている監督の気持ちが反映しているからなのではないだろうか。瓜田や小川は吉田監督が実際にジムで出会ったボクサー達がモデルとなっている。だからか、劇中に登場するボクサー達への視点はどこか見守っているかのような優しさがある。本作は陽の目を浴びることなくリングを去ったボクサーへ達の吉田監督流のエールなのかもしれない。

『BLUE ブルー』は4月9日より全国の劇場で公開中。気軽に観に行くのが難しい状況ではあるが、気になった方は配信なり是非ともチェックして欲しい。

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『BLUE ブルー』を輩出したばかりの吉田監督だが、すでに新作の情報が挙がっている。タイトルは『空白』。主演は古田新太と松坂桃李で、あらすじを読んだだけでも今作とは全く違う重たい作品になりそうだ。こちらは9月23日公開予定ということで、早くも楽しみだ。



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