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【光を求めて走り続けろ】ベドナムの闇を描く『走れロム』

7月9日公開予定のベトナム映画『走れロム』。6月27日にヒューマントラスト渋谷で公開前のトークショー付特別先行上映会に行ってきました。

トークショーの登壇者は、ベトナムを舞台にした自伝的官能小説『チャイ・コイ』やホラー小説『ぼっけえきょうてい』などで知られる作家、岩井志麻子さんと、在日ベトナム人問題をはじめ、アメリカの黒人問題などを取材しているジャーナリスト、出井康博さんのお二人。異なる視点から語られるベトナム事情は大変面白くためになりました!

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ベトナムで大ヒットを記録し、各国の映画祭で高い評判になっているという情報以外、前知識無しで鑑賞だったけど、社会性とエンタメが見事に交じり合った素晴らしい作品だった。ここではネタバレ無しで本作の魅力を紹介していきたい。

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あらすじ:サイゴンの路地裏アパートで住む少年ロムはストリートチルドレンだ。自分を捨てた親が迎えにくるのを待ちながら、アパートの住人たちがハマっている違法くじの予想屋をしつつ生活をしていた。ロムと同じストリートチルドレンという境遇でライバルのフックや、違法くじに全財産を掛けるおばあちゃん、ロムに自分の息子を重ねるギーなど、ロムとロムを巡る周囲にの人々の姿を通じて、ベトナム社会の暗部を描いている。

本作は「違法くじ」を通じて、ベトナムの暗部を描いた作品ということで、大きな評判となった。社会主義国のベトナムでは、自国へ批判的な作品を作ることが厳しいという事情がある。本作も検閲によって、劇中の場面がいくつか削除されるという憂き目にあっているが、監督のチャン・タン・フイはそうした圧力に屈せずに、ベドナムの暗部を描いた。本作が世界的に注目されたのは、映画としての素晴らしさだけでなく、そうした背景もある。

本作で題材として扱われている「違法くじ」だが、そもそも違法くじとは何なのか?
ベドナムはくじか非常に盛んに行われる国だ。日本でも宝くじやロト6などのくじがあるが、ベトナムでは、ほぼ毎日何かしらのくじがあり、その人気はもはや国民的行事と呼べるくらいの規模らしい。
ただ、国民がこぞって参加するのは正規のくじではなく、闇くじと呼ばれる違法くじの方だ。6ケタの数字を当てる正規くじに対し、下2ケタの数字を当てるだけの闇くじは、非常に人気が高い。

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闇くじには様々な人間が関わっている。闇くじを仕切る胴元、賭け金を預かる賭け屋、そして、主人公のロムも生業とする、参加者と賭け屋の橋渡しをする走り屋と、くじの当たり番号を予想する予想屋だ。
映画を観て驚かされたのが、実際のベドナムの人達ののめり方。くじの結果に一喜一憂する姿は、まるで何かの祭りのよう。例えばロムが請け負ってる予想屋も、統計などの客観的データではなく当てずっぽうで推測しているだけ。そんなあやふやなものに頼っているというのも、日本に住んでる人の感覚からすると、ちょっと信じられないものがある。

出井さんによると、違法くじがここまで流行った背景にはベドナムの急成長があるという。近代化がめざましいベドナムでは、国の物価がどんどん上がっている。だが、国民の給料が上がらないため、国民の生活はどんどん貧しくなっているという状況に陥っている。そのため、ハイリスク・ハイリターンの違法くじで一発逆転を狙うという図式が生まれるのだ。
ここまで違法くじが社会問題化してるのに規制されないのは、ベドナムの賄賂文化が関係している。賄賂を渡す文化が浸透するベドナムでは、裏組織と警察の癒着も珍しくはないとのことで、こうした事情からもベトナムの抱える問題の深刻さが伺える。

貧しい生活から抜け出すために、クジに人生をかける人々の姿は、まさに地獄絵図。弱者が食い物にされる構図は観ててキツいものを感じずにはいられない。
題材だけなら重苦しい作品になりそうだが、本作からはそれ以上の疾走感とエネルギーが感じられた。本作を観てまず感じたのは映像の美しさ。本作のプロデューサーをつとめるのは、『青いパパイヤの香り』(1993年)、『ノルウェイの森』(2010年)などで知られるトラン・アン・ユン監督。フイ監督は、最も影響を受けた映画監督として、ユン監督の名を挙げており、本作のスタイリッシュで美しい映像からは、ユン監督の影響も感じられる。

邦題に「走れ」とあるだけあって、劇中の至る場面でロムは走る。ホーチミンのあらゆる場所を駆け抜ける場面の臨場感が素晴らしい。ホーチミンの市場は場所自体が魅惑的で、実際にその場所に行きたくなってくる。都市部を走る場面はゲリラ撮影とのことだが、あれだけ車や自転車をかき分けて走る姿をみると、事故に遭うんじゃないかとハラハラしてしまった。

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ロムと彼を巡る周囲の人々との人間ドラマにも注目したい。特にロムとフックとの関係性は切なくて良い。ライバル関係にある2人は、最初はただ憎しみ合っているだけだが、映画が進むにつれ、好き嫌いで割り切れない感情が生まれてくるのが分かる。
それはロムとフックも同じストリートチルドレンという悲しみを背負っている者だからだろう。ロムに散々嫌がらせするフックが憎めないのは、彼が子供であり、彼もまた搾取される側の人間だと知るからだ。

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ロムに自分の息子の面影を重ねる未亡人ギーとロムとのエピソードも切なく、くじに人生を掛ける人達の姿には虚しさと悲しさを覚える。時おり、ロムが見せる鬼気迫る表情は理不尽な境遇に生まれた者の怒りを代弁しているようも思える。この表情は観た後も忘れられない。

面白いが、それ以上に刺さる作品だった。『走れロム』は7月9日(土曜日)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショーされるので興味あるかたは是非。






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ヴィクトリー下村
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