嘘つきな母
※フィクションです
母さんは僕が物心ついた頃から弱い人だったと認識してる。
コロコロした鈴のような声をしていて、ニコニコ楽しそうに笑うこともあれば、突然怒ったり、大声をだして泣き暴れたり、一日身動きができないくらい寝込んだりするときもあった。
僕はそれが心配で学校に行く気になれなかったこともあった。そうすると勉強が遅れるからとヒステリーを起こし、僕がどんなにだめな子とかを周囲に話したりする。
なにかと僕に対しては「頭が悪い」だの「才能がない」だのと言う。
部活や塾や習い事なんかをしてみない?とその気にさせておいていざ、僕が興味を示したりやってみたいことがあったとしてもそれはことごとくやらせてもらえなかった。
お金がかかるからとか、送り迎えが大変だからとか、どうせお前には続かないんだからとか、なにかしっくりこない理由をつけられ用意されていたお金は母の嗜好や趣味に回っていた。
僕もその気になって興味を強くもつまでになったのにそこで腰を折られるものだから、毎回がっかりさせられて、行き場をなくした思いをどうにも発散することができず、言いたいことも言えずぐっとこらえてきた。
母は弱いから家は大変だから仕方ない。
母親の言うことには期待しないように、と毎回腹をくくるのだけど、あのコロコロした楽しそうな声で誘われてしまうと心が揺らいでしまい、そしてまた「裏切り」を認識してしまう。
ある日、母が僕のことを「嘘つきだ」と周囲の大人に吹聴されている場面に出くわした。僕が居ないときに他の大人に僕の悪口を言ってるのをなんとなく認識していた。けれど、僕は嘘つきか?
まあ、たしかにヒスを起こされてめんどくさいときはテキトーなウソを付くときはあるけど、母ほどの大嘘つきではないかと…
冷たい焦りと、突然プツンとなにかが走った。
あんただって大嘘つきじゃないか!
やらせてくれるって言ったのにことごとく反故にしやがって!
気に入られたい相手に猫なで声で媚びてばかりだ!表面だけの言葉はお得意だな!
僕のことわかりもしないくせにデタラメばかり言いふらしてこの大嘘つき女!
次第に大きくなっていく憎悪。
認められたいという思いと吐き気がするほどのイライラと嫌悪感のあいだで、酷い違和感に苛まれるようになる。
母の一言一句が気に入らない。
母には友人がいない。仲の良さそうな人が現れたりしても短期間で人が離れてしまう。
そんな浅い関係の人間に僕の何を言うの?
親戚に、近所に何を言うの??
めんどくさいな。うるさいんだよ。ふざけないでよ。
インターネット上ですらなぜかトラブルが絶えず、友人のような人はみあたらない。身内ともよく揉めている。
めんどくせぇな。大人しくしてろよ。
何度もうんざりさせられた。励ますのも嫌になった。いい加減にしてくれ。めんどくせぇ。ふざけんなよ。
結局、僕は高校進学のタイミングでやはり母から自分の志望校を否定された。否定されるのは目に見えていたので母に相談することはやめていたが、結局あの女は僕のことなんかこれっぽっちも見てないし考えてもいなくて、まったく見当外れの高校を進めてきた。
伝えることのなかった心に秘めていた希望進路の学校については「あんたには無理だから」と頭ごなしに言われた。黒いモヤのようなものがどんどん腹に渦巻いて溜まっていく。
高校生活は楽しいと思えるものではなかった。特にやりたいも思うこともなく、やりたいと言ったところでどうせ決定権は自分にない。帰宅部だ。
高校は急にみんな大人っぽくなって、クラスメイトと話すと自分の進路に向かっている人もちらほらいた。部活をしている人はみんなキラキラしてる。
焦り煽られるが自分の無力さに自信がない。眩しすぎて羨ましく思う。惨めな気持ちになる。
高2の頃には18歳という年齢に近くなるに連れ自分がどうなりたいのかますますわからなくなった。
嘘つきの母は相変わらずだ。
ただ大人しくしてくれてればいい。そんな機嫌をうかがう毎日で、母の一挙一動、母の起こすヒステリーに振り回されながら、その振り回されてることに使命感と存在価値を感じてしまう。
だめだってわかってる。
だけど僕にはこのインパクトが強すぎた。
高2の頃には僕はなにも考えることができなかった。「進路」という言葉が重たい。
「進路」ってなに?まるで暗いトンネルの中にいて先が見えない。見える気がしない。
気づいたら18才。僕は進路がわからないまま、僕自身の未来を失っていた。
諦めたのか、諦めるというほどのなにかをしていないから上手く言えないけど、未来を想像できなくなったのかもしれない。
病の母、弱い母に時間を使ってきたせいで自分で何を選んだら良いのか、どうしたらいいのかわからなくなっていた。
父は相変わらず仕事でほとんど家にいない。ただ、歳のせいか体を悪くしてるようだ。詳しい話はよく知らない。
弱くて卑怯で大嘘つきな母。
いつか逃げてやる。
そう思っていた。
けど、側で復讐し続けてやりたいというドロドロした気持ちが勝ってしまった。
大嘘つきの母が次にどんな言葉や態度で僕の感情を逆なでしてくるのか。自分は悪くないのだからすべて僕が悪いことになってるんだろう。
この母にどうして知らしめてやれるのか。
お前の理想化した嘘の現実を、僕がことごとく否定して事実を刻みつけてやるからな。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?