無門関第四十六則「竿頭進歩」③
無門関第四十六則「竿頭進歩」について。
公案の現代語訳は、こちら。
「本当に起ったヤバい話」を綴っています。
2日目。講習の進行役が、例えばこんなお題を出します。
「嫌いなものは、なんですか?」
進行役は穏やかに受講者をランダムに指名し、指名された受講者は「嫌いなものはトマトです」「カエルです」「酒が嫌いです」「会社の上司が」などと思い思いに答えます。
事前に各受講者に「必要だから」と聞き取りを行っていたのでしょう。
準備されていた各々の「嫌いなもの」の実物が、各受講者の目の前に置かれます。準備できないものに関しては、その名前が書かれた紙が置かれます。
目を背ける人、睨むように見つめる人、落ち着きがなくなる人、反応は様々です
一通り出揃ったら、それまで穏やかだった進行役の顔ががらりと変わります。そして、厳しい声で、一同にこう問いかけます。
「それは、嫌いなものですか?」
いや、そうだろ。だって嫌いだもん。
「嫌いなものは何か」と訊いて答えさせといて、何言ってんのこの人。
冗談かなんかなのかな。
そんなことを受講者は思います。
そして答えます。
「嫌いなものです」
笑い声さえ起きます。
すると、進行役は、一層厳しい、強い口調で、「それは、嫌いなものですか?」と再び問います。
「嫌いなものです」
そう声があがると、同じ問いを繰り返してきます。
「それは、嫌いなものですか?」「…嫌いなものです」
受講者側には、怒声や悲鳴も混ざり始めます。
何度か繰り返され、ついに、受講者は静まりかえります。
進行役は、冗談を口にしたのではない。
受講者はそう感じ、今や、聞く者を震え上がらせるような胴間声で発せられている、「それは、嫌いなものですか?」という問いを、真剣に考え始めます。
何か重要な答えがあるのかもしれない。
それを、懸命に探し始めるのです。
そのうち、最初は揃って「嫌いなものです」と言っていたのに、回答に個人差が出始めます。
いろんな受講者が、それぞれいろんなことを口にします。
しかしそのたびに、進行役は「それは嫌いなものですか?」と厳しく返答するのです。
すると、一人が、こう口にします。
「嫌いなものではありません」
ついさっきまで、目をそらしたくなるほどの嫌悪感を抱いていたものがまだ目の前にあるのに、それを見つめながらそんなことを言います。
進行役はその人を、今までとは違い、少し長い時間見つめます。
そして「あと少しです。もう少し考えてみましょう」と言います。
これまでの厳しさがありません。
あれほど、受講者の答えを「それは、嫌いなものですか?」と、怒鳴るように即答で突っぱねていたのに。
受講者は軽い驚きを感じます。
すると、別の人がこんなことを言います
「やっとわかりました。トマトはトマト。カエルはカエルです」
進行役は、その答えを出した人を、今度もじいっと見つめていましたが、初めて、その人には何も言わずに、視線を移しました。
そして、他の人に答えさせようとしています。
初めて正解者が出た。
受講者はそう思います。
しかし「それは、嫌いなものですか」の答えがどうして「トマトはトマト。カエルはカエル」になるのか。
問答として成立しているように思えない。
やはりわからない。
空気が弛緩しそうになると時折放たれる、「もっと真剣に考えてみませんか!」という担当者の声にむち打たれるように、考え続けます。
それから、ぽつぽつと、これまでの「嫌いなものです」とは違う答え方をする人が現れ始めます。
しかし、それに対して担当者は、黙って認めることもあれば、「もっと真剣に考えてみませんか」などと怒鳴り返すこともあり、何かしら基準のようなものがあることが窺えます。
奇妙なことに、担当者が認めたらしき人たちは、皆お互いに、わかり合っているかのように、うなずき合ったり、微笑みあったりしています。
そして、それ以外の受講者に、励ますような視線を送ります。
これが、2日間にわたり、行われます。
休憩は何度か挟まれますが、講習の時間はずっとこれをやります。
そして、講習3日目の夕方、担当者は唐突に「この問題は、一旦ここで終わります」と、打って変わって穏やかな笑顔で、受講者に告げます。
そして、「考えてみて、どうでしたか」と受講者に問いかけます。
受講者は思い思いに感想を口にしますが、その感想はそれぞれです。
「難しかった」などと、しゃらっとしてる人もいれば、「とても重要な問題だと思った」「一生かけて考えるべき問題だと思う」などと大真面目に答える人もいます。
何が「正解」だったのかは、教えてもらえません。
そしてほとんどの受講者は何かスッキリしないものを残したまま、次の課題に取り組むことになります。
4日目からのお題は、「あなたはどうして、腹が立つのですか?」です。
これもやはり、2日間ほどかけて考えさせられるのです。
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