無門関第四十六則「竿頭進歩」④
無門関第四十六則「竿頭進歩」について綴っています。
公案の現代語訳は、こちら。
前回の続き。講習会の4日目からです。
この辺りから、少しずつ疲労がたまり始めます。
この講習の間、受講者は大きな広間に幾つも布団を敷き、その布団に二人一組で一緒に寝ることになります。
初めて会ったばかりの他人と同じ布団で寝るんです。
連日、わずかな休憩と、食事、入浴等を除けば、ぶっ通しで考えさせられるのに、質のいい睡眠がとれない。疲労が残り始めます。
講習会4日目。
「あなたは、どんなことが、腹が立ちますか?」と進行役が問いかけます。
受講者は思い思いの「腹が立つこと」を思い浮かべ、それを口にします。
元々この手のコミューンに入ろうと考えるような人は、現実になにかしらの不満がある場合が非常に多い。労せず思い浮かべることができるでしょう。
進行役は問います。
「どうして、腹が立つのですか?」
受講者はいろんなことを語ります。
こんなことを言われた。あんなことをされた。とっても酷いんだ。
普通に聞けば、ああなるほどねぇで済む話です。
しかし、進行役は、今度もがらりと様相を変え、受講者に問いかけるのです。
「どうして、腹が立つのですか?」
どうしてって、今説明したのに。
いや、だってそれは、と、言葉を変えながら懸命に説明しようとします。
しかし、進行役の言葉は同じです。しかも厳しさを増していきます。
「どうして、腹が立つのですか?」
受講者はまた、考え始めます。
少しずつ考え方が、「進行役の気に入る答えを探す」という方向に変化していきます。
「それは、『嫌いなもの』ですか?」という、前回のお題が、何となく思い出されます。
これは、『腹が立つもの』なのだろうか。
いや、腹は立つ。腹立つよやっぱり。
でも、『どうして』。だけど、腹が立つものは腹が立つんだもん。でも。
堂々巡りからなんとか抜け出したくて、考えます。
気を抜くと、「もっと真剣に考えませんか!」という檄が飛んできます。
そして、どれほど時間が経ったでしょうか。
一人がこんな発言をします。
「もう、腹は立ちません」
「もう腹を立てません」ではありません。
「もう腹は立ちません」です。
それまでの受講者の発言とは、明らかに方向性が異質でした。
しかし。
やはりこれに、進行役は、初めて容認の意を示すのです。
ぱらぱらと、進行役が認める答えが出始めます。
不思議なことに、同じような「腹を立てる自分の側に原因がある」的な答えでも、進行役が認める場合と、認めない場合があります。
多くの受講者は混乱しながらも、考え続けます。
中には「わかったと思ったのに、またわからなくなった」と発言し、再び考え込む人もいます。
進行役が認めた答えを出した人には、共通点があるようでした。
皆、通常より、明らかに『様子がおかしい』のです。
ニタニタ笑っている人。
ゆらゆらと体を揺らし、鼻歌を歌う人。
何かにしきりに頷いている人。
宙をうっとりと見つめている人。
その多くが、涙で目を潤ませながら、微笑んでいます。
受講者の反応には、個人差があります。
当然、この時点でも、いたって冷静な人もいるわけです。
そういう人の目には、彼らの光景が、非常に奇異に映ります。
こんなことが、やはり2日かけて行われます。
トータル4日間、日常とはかけ離れた環境で、ずっと、答えのわからない問いを考え続けたことになります。
そして、講習会5日目の夕方。
やはり進行役は、唐突にこの問題を打ち切ります。
そして、どうでしたかと同じように問いますが、今回は、うっとりと「わかった」「やっとわかった」と口にする人が前回よりも多くなります。
お題について考えることは、これでひとまずお終いです。
次の日からは、集団生活の予行演習のようなことを始めながら、会の理念と具体的な暮らし方、創始者の思想を、詳しく教わります。
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