サザンカとツバキ
その人は、山茶花と椿の違いを知っていて
その人は、玉露と煎茶と番茶の違いを知っていて
その人は、トナカイとカモシカの違いを知っていて
その人は、わたしとお姉ちゃんとの違いをわかってくれた
はじめての人。
わたしの名前は茶梅で、お姉ちゃんの名前は椿。
わたしとお姉ちゃんは一卵性の双子で、外見はとても良く似ている、らしい。
家族以外には、なかなか違いがわからないらしく
いつも名前を間違えられていた。
その人は、いつも優しく博識で
わたしたちの憧れのお姉さんだった。
名前は、楓ちゃんといった。
母の妹で、よく一緒に遊んでくれたが、病弱で入退院を繰り返していた。
「楓ちゃん!何でわたしたちのこと、間違えないの?すごいね!うれしいよ!」嬉しさのあまり茶梅と椿の声が重なった。家族以外で間違われなかったのは、この日がはじめてだった。
「楓ちゃんは違いのわかる人だから、やっぱり違いがわかるのかな?」椿が訳知り顔で呟いた。
椿は、快活明朗で面白くって皆んなの人気者。わたしは、人見知りで大人しくて「あ、椿ちゃんじゃないんだ」といつもがっかりされる方だった。
「この世に同じものは一つもないんだよ。例え大量生産された物だとしても、作られる工程、売られている場所、同じように見えても同じものは一つもないんだよ。ましてや人間だもの!茶梅と椿は、決して同じじゃないんだよ。違って良いんだよ。二人とも大好きだよ!周りを気にしないで、自分の個性を違いを楽しんで生きていくんだよ。何で二人の違いがわかるかって?それは今は秘密。大人になったら、二人にもわかるかもね」
楓ちゃんは、イタズラっこのようにニヤッと笑って、そして悲しそうに寂しそうに微笑んだ。
「楓ちゃん泣くかと思った。病気辛いのかな?また入院するの?」
「今度の入院、長くなるかもね」母も泣きそうな声でいった。
茶梅と椿は心配でしょうがなかった。
楓ちゃんは、長らく闘病生活を続けていたが、30歳を迎えずに旅立ってしまった。
悲しみを抱えながらも
日々は過ぎていく。
太陽は昇り沈み、わたしたちの悲しみなんて知らん振りで
日々は過ぎていく。
わたしたちは20歳になった。
「茶梅、椿、20歳のお誕生日おめでとう!今日まで元気でいてくれて、お父さんもお母さんも嬉しいよ」
「お父さんお母さん、ありがとう!どうしたの?改まって?」椿が聞いた。
「二人に聞いて欲しいことがあるんだよ。とっても大切な話。この話を聞いてもわたしたちは何も変わらない。家族であることに変わりはないんだよ。びっくりするかもしれないけど、最後まで聞いて欲しい」いつもと違った真剣な母の表情に、二人の心に緊張が走る。
「何?何?」茶梅と椿の不安そうな声が重なった。
「実はね、二人には本当のお母さんがいたんだ」
緊張が驚怖に変わる。
「本当のお母さんがいた?」
二人は、顔を見合わせて困惑している。今にも泣き出しそうだ。
「いた?って・・・」
「うん。本当のお母さんは楓だったんだよ。楓はシングルマザーで、二人を出産した後に進行性の癌に侵されていることを知って、長くは生きられない事を知った。お母さんは子供ができにくい体質で、色々治療したけれども子供ができなかった。楓とたくさん話し合って、楓の代わりに茶梅と椿の母親になる事を決めたの。楓は、生きている間は母親とは名乗らない、決して言わないで欲しいと言っていた。だけど、二人が20歳になった時に話そうと、私と楓で決めた。勝手に決めてしまって、ごめんなさい。言わないと言う選択もあったけど、楓のこと二人にはきちんと知っておいて欲しいから」
お母さんは泣いていた。
お父さんは横で苦しそうに聞いていた。
「何で二人の違いがわかるかって?それは今は秘密。大人になったら、二人にもわかるかもね」
楓ちゃんの声が聞こえた気がした。
楓ちゃんとの懐かしい思い出が蘇ってくる。
いつも博識で、面白い話を聞かせてくれた。
いつも優しくていつも悲しそうだった。
楓ちゃんにまた出会えた気がした。
家族みんなで、泣いた。
抱き合って、おいおいと泣いた。
楓ちゃんの分まで、おいおいと泣いた。
「楓ちゃんのこと、とっても好きだったんだよ。
いつもどこか寂しそうで、悲しそうで、
あれは、わたしたちへの思いだったんだ」泣きながら椿がいった。
「楓ちゃんのおかげで、椿と違っても良いって思えたんだよ、わたし」
「楓ちゃんは家族だったんだ。楓ちゃんはお母さんだから、私たちの違いがすぐに分かったんだ。楓ちゃんはずっとわたしたちの中にいて、楓ちゃんにもずっと愛されていたんだ、わたしたち」茶梅と椿の声が重なった。
二人の心は、メイプルシロップのような甘いやさしさでいっぱいになった。
その人は、茶梅と椿の違いを知っていて
その人は、玉露と煎茶と番茶の違いを知っていて
その人は、トナカイとカモシカの違いを知っていて
その人は、もう一人のお母さんで
その人は、わたしとお姉ちゃんとの違いをわかってくれた
とてもとても大切な人。
その人は、わたしたちの中でずっと生きている。
お付き合いいただき、ありがとうございます!
2022年8月1日、ちょこっと加筆しました。