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江戸川乱歩「江戸川乱歩傑作選」

江戸川乱歩は短編の天才です。
短い紙数の中、豊穣で異常な物語を紡ぎ出す能力は、尋常ではありません。

その乱歩の傑作群を一冊で読めるお得な本が、新潮文庫「江戸川乱歩傑作選」です。
「二銭銅貨」「二癈人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」の9編が収録されています。

何はともあれ、まずは「人間椅子」でしょう。
椅子職人が自ら椅子になり(椅子の中に隠れ)、椅子に座る女性の肉感の愉悦に浸る、という話です。
よくぞこのような変態的発想が生まれたものだと、素直に感心してしまいます。

「人間椅子」は、構成もよく練られています。
三人称の物語の中に独白(一人称)が挟まれていることが、椅子職人の独白の異常さを引き立てる上に、結末をも引き立てるのです。
「人間椅子」という異常な着想を、どうやったら最も効果的に表現できるか。
乱歩はそのことを考え抜いたのでしょう。
着想と表現が高度のレベルで融合した、まさに「世紀の怪作」です。

「芋虫」も最高の作品です。
戦争で四肢を失い、肉体の機能の大部分を失った男。
その男を虐げることに異常な情欲を覚える妻。
ポイントは、それが「情欲」だという点にあります。
本当にどうしたら、このような異常な着想が生まれるのでしょうか。
四肢を失った男は、最終的に目も潰されます。
肉塊となった男を「芋虫」と表現するセンスにも、戦慄させられます。

鏡に取り憑かれた男の狂気を描いた「鏡地獄」も、また大傑作です。
乱歩の描く狂気の世界には、なぜか不思議な美しさがみなぎっています。

言うまでもなく、乱歩は日本探偵小説の父です。
もっとも、私は、探偵小説家としての乱歩よりも、薄暗い妖しさを追求した乱歩にこそ、大きな魅力を感じるのです。

例えば、「屋根裏の散歩者」は探偵小説に分類される作品です。
もっとも、私が偏愛するのは、探偵小説としての「屋根裏の散歩者」ではなく、妖しい雰囲気のもとで異常な犯罪者を描いた「屋根裏の散歩者」なのです。

谷崎潤一郎とはまた違った形で、人の狂気や異常な世界を描いた作家。
江戸川乱歩とは、そのような作家なのだと思います。

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