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さあ、気ちがいになりなさい/フレドリック・ブラウン;星 新一/訳〈早川書房〉①
1)みどりの星へ“Something Green”
【P-18】[下l-3]「見たかい、ドロシー。あれが緑色さ。おれたちが行こうとしている星のほか、どこにもない色なんだよ。宇宙でいちばん美しい色だよ、ドロシー……
人は、自分の信じるものの為ならば喜んで気ちがいになる。自分の信じるものこそが、己の絶対的な価値観なのだから。世界はその価値観を中心に廻る。廻っている。誰しもがそうなのだ。──誰しもが気ちがいなのだ。別の気ちがいな価値観に殺されない限り、人は自分だけの気ちがいな世界を生き続ける。自分だけの、最悪でいて最高の世界を生き続ける。
2)ぶっそうなやつら“The Dangerous People”
【P-35】[下l-18]ふつうの人間なら、襲いかかるにしても、それらしい様子を示してからとりかかるはずだ。それなのにこの二人は仕掛けてあった爆薬のように、破裂した。
精神病院から脱走した男。それを知る男。彼らの思考は錯綜する。頭の中ではそれぞれの人物が、自分の妄想を膨らまし続ける。そのすれ違いがとても面白い一作。間違いなく、外面的に見て取れない妄想を抱えた人間は、狂人だ。だから面白い。
3)おそるべき坊や“Armageddon”
【P-47】[上l-10]「すべてのお芝居は、これで終わりなのでございます。なにもかも。
悪魔と人間の戦い、それは人知れず行われている。
それにしてもなんて坊やだ、おそろしい。そして、悪魔のささやかな抵抗が面白い。
4)電獣ヴァヴェリ“The Waveries”
【P-83】[上l-83]静寂ってものは、ときには、この世でいちばん素晴らしいものだよ、ピート。もちろん電気があったら、そんなこともできないがね。
電気を喰らい尽くす異星人ヴァヴァリの出現によって、世界の産業は、人間の生活は一変する。電気のなかった時代に回帰する。完全なる静寂があった時代へと、回帰する。
電気による夜の克服は、距離の克服は、自然の克服は、誰もが望んだもの、というわけではない。人それぞれが、己の望む世界を夢見ている。人の価値観は一元的には語れない。今の世界を覆す脅威……それは、誰かが願ってやまないものなのかも知れないのだ──。
〈続〉