『草地は緑に輝いて/アンナ・カヴァン』③【1806字】
『草地は緑に輝いて/アンナ・カヴァン』:安野玲訳〈交遊社〉──目次──.
1.草地は緑に輝いて.
2.受胎告知.
3.幸福という名前.
4.ホットスポット.
5.氷の嵐.
6.小ネズミ、靴.
7.或る終わり.
8.鳥たちは踊る.
9.クリスマスの願いごと.
10.催眠術師訪問記.
11.寂しい不浄の浜.
12.万聖節.
13.未来は輝く すばらしい新生活が始まる場所で.
3.幸福という名前
氾濫する極彩色。
万華鏡のように無限に増殖していく自然。
溢れかえる花、花、花。
それらは決して、人間の意志によって律することは叶わない──。
【P-45】[l-]フラワーバスケットの中身が、もはや罪なきものどころか、厄介なもの、すぐにも捨てるべきものと化す……が、どうしたものか、これが自分の手ではどうにもならないことのように思えた。
周囲の大人たちは、理解を超えるそれらの"自然"を畏れ、それ故にそれを押さえ込もうとする。──必死に、激昂して。が、その激情は、愛の裏返しに過ぎない。
畏怖が反転し、愛情を示すとき、それは『奇跡のような儚い泡沫』のように感じられる。──が、それは"泡沫の夢"、儚いが故に尊いのだ。
【P-55】[l-2]「わたしがしたことをしてはだめ──同じ過ちをくりかえさないで……他人のために生きようとしないで……おかげでわたしには自分の人生がなかった。子供も持てなかった。あなたは自分の人生を生きなさい。他人のために生きてはだめ他人を通して生きてはだめ〈以下略〉
《自分の人生》……それを妨げるものは家族、立ちはだかるは父の愛。
現実化する悪夢は、どれだけ目を逸らそうとしても意味がない。それは己のうちから湧き上がってくるもの。──父の呪縛を断ち切らんとする欲求。
【P-59】[l-5]静寂──静寂のなかへ逃げこもう。頭にあるのはそれだけだった。必要なのはそれだけだった。ほかはもうどうでもいい。世界に存在するのはただひとつ……この怖ろしい共鳴だけ……いつまでもいつまでもやまない……ここでさえ、不可侵なはずのこの壁の内でさえ。けっきょく、扉の前の影の群れは正しかったとみえる……あれはここにいた。この部屋のなかで、あらゆる危険から守ってくれるはずだった場所で、あの恐怖は待っていた……扉の奥で。
4.ホットスポット
【P-76】[l-8]とんでもなく朝早く、まだ薄暗いような時間に、小柄な男性客がまだ靴をきちんと履いたまま船から飛びおりたかと思ったら、ずぶ濡れでデッキに突っ立って、一言も口を聞かないまま、なにげなく腕時計を見た……。いったいなんだったんでしょうね。
始まりは"奇妙な事件"、人間が引き起こす意図不明の行動。──人間は退屈から解放されるためならば、どんなに無茶で危険な行為でさえいとわない。──牢獄に押し込められ《生の実感》が得られないこと……それは"死以上の不幸"なのだ。
5.氷の嵐
【P-85】[l-1]民主制〈デモクラシー〉。民主主義者〈デモクラット〉の。デモクラットによる。デモクラットのためのデモクラシー。列車のスピードは上がる。デモクラシー。デモクラシー。デモクラシー。線路の切り替えポイントをいくつか通過する。デモク、デモク、デモク。
民主制──無数に存在する意見を取りまとめる制度。選択のたびに、切り替えポイントのたびに、決断のたびにひとつ、またひとつと意見が殺されていく。──ひとつの意見が殺されるたび、残された意見はその骸を燃料として前進する。スピードを上げていく。
【P-84】[l-9]市民も驚きの天候
【P-85】[l-15]もう外にいるんだから、まだちゃんと生きてることを確かめるためになにかしたいのよ。そうでもしないと生きてることを忘れてしまうわ。
「氷の嵐」が撒き散らす"死の匂い"は、肉体の"生きようとする力"を呼び起こす。
【P-93】[l-2]曇り水晶のような噴流ひとつひとつの中心に、黒い枝が糸のように通っている。木々は美しいと同時に恐しかった。わたしは木々を怖がるまいとした。神さまお願いです、どうか自然界のものにまで恐怖心を抱かせないでください。恐しいのは人間の世界だけで充分です……。
その祈りが叶うことはない。──真理に反することを望んだところでそれが叶うことはなく、人間に必要なのは、想いの届かぬ世界を完全に許容し切る覚悟だ──。
〈続〉
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