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【読書感想文】失はれる物語/乙一 ※ネタバレ注意

本日の読書感想文はこちら。

表題作他、何かを『失った』人物たちが織り成す短編集。
失って初めて気付いた彼らが思うのは一体何か。


『失う』をテーマとした脆く切ない作品が勢ぞろい

乙一さんと言えばホラーやミステリーの印象が強い作家さんですが、切ないお話もまた名作が多いんですよね。この短編集は特にその傾向が強く、油断すると泣いてしまう結末も多く収録されています。

私にだけ聞こえる音は優しさで溢れる【Calling You】

過去のトラウマから、周囲に馴染めず孤立している女子高校生のリョウ。携帯電話も持っていない彼女は、頭の中で理想の携帯電話を作り上げて妄想に更ける日々を過ごしていた。手触りや形、鳴るはずのない着信音も決め、喜びに浸っていた。だがその空想上の携帯電話は妙にリアルで、まるで本当に存在するかのような感覚を帯びてきていた。戸惑うリョウだったが、ある日突然その携帯電話が着信を知らせる音楽を奏で始める―――
乙一さんお得意の不思議なお話ですが、結末は残酷とも言えるでしょう。寄り添ってくれる相手がいなくなるって、本当に悲しいですからね…タイトル回収もお見事です。

暗闇しかない語り手に妻が奏でる旋律【失はれる物語】

語り手の妻は、美人で人気のある音楽教師。しかし結婚して娘が生まれてから、些細なことで喧嘩をすることが増えていた。嫌いになった訳ではない、だがつい本心ではない言葉を口にしてしまう。そんな中、語り手は交通事故に遭い、意識不明の重体に。なんとか意識は回復したものの、身体がまともに動かせず、右手人差し指を上下することしか出来なくなっていた。目も見えず、音も聞こえず、口も聞けない。すると、何者かの手が彼の右手に触れてきて―――
意識があるのに右手だけでしか会話が出来ない…命が助かった語り手の絶望は計り知れません。大切な家族のために彼が下した決断に、視界が滲みます。

傷を負った子どもたちは救われるか【傷】

親に虐待されて付けられた傷を馬鹿にされ、同級生を痛めつけたことで特殊学級に通うことになった小学生の語り手。そこに転校生としてやってきたのは、陶器のように白い肌をした美しい少年のアサトだった。自分と似た境遇のアサトになんとなく親しみを持った語り手だったが、やがてアサトの不思議な能力に気付く。小さな傷から古いやけどの痕まで、アサトは他人の身体の傷を自分へ移動させることが出来るのだった。
アサトの優しさと覚悟に、思わず胸が締め付けられることでしょう。優し過ぎるが故に苦しんだアサトは、修羅場をくぐってきた語り手だからこそ救われたんでしょうね。傑作揃いのこの短編集の中でも1,2を争う名作です。

手と声が語る緊迫と予想外の真実【手を握る泥棒の物語】

語り手は腕時計のデザインを生業としていたが、資金繰りも良くなく上手くっていなかった。ある日、伯母とその娘が温泉宿に宿泊することになったのだが、どうやらその目的は有名なアイドルが映画の撮影に来るので野次馬になるのが目的だったらしい。アイドルを知らない語り手だったが、伯母のバッグにあった宝石や現金には興味があった。魔が差した語り手は、彼女たちが宿泊している壁に穴を開け、それらを盗む計画を立てる。だが想定外のことが起こり、そこから動けなくなってしまう。
そのまんまのタイトルなんですが、会話のテンポや設定が面白い作品。現実なら警察案件ですが、そうはならないのが乙一さんらしいです。手に汗握る、とはまさにこのことですね。

たとえ見えなくてもそこにいる【しあわせは子猫のかたち】

大学への進学を機に、一人暮らしを始めた語り手。伯父が所有している一軒家を借りることになったのだが、そこは以前の住人が亡くなった上、そばにある池でも人が溺れてなくなっているという曰く付きであった。更に住人が飼っていた子猫もおり、仕方なく一緒に暮らすことに。特に不自由もなく暮らしていたのだが、次第に誰かがいるような気配を感じるようになり―――
ちょっぴりホラーっぽいですが怖さはまったくなく、むしろ切なく哀しいお話。ミステリー要素もあり、ただの哀しいだけの物語ではありません。が、猫狂いの当方にしてみればやっぱり泣きそうにもなります。語り手が前を向けるようになっているのが、救いとも言えるでしょう。

いつまでも一緒、だと思っていた【ボクの賢いパンツくん】

ボクの唯一の友達は、白いブリーフパンツだった。彼がいれば何も怖くない、そう思っていたが、突然別れが訪れる。
最初に出版されたハードカバー版にはなく、違うところに書かれていたもの。短い上にストレートに言えばバカバカしいですが、実はこれも乙一さん色。【小生物語】とかを読んでいればわかっていただけるかと。

美しき女神のような彼女は指先で語る【マリアの指】

鈴木恭介の姉の響の幼馴染・鳴海マリアが電車に轢かれてバラバラになって死んだ。『特別な子』と姉が語るように、美しく独特の雰囲気を持った彼女は周囲の憧れの存在だった。自殺する理由が見当たらないが、自筆の遺書もあり自殺だと警察は断定していた。しかし、彼女が可愛がっていた猫が口にくわえていたものを拾った時から、恭介は独自に行動を開始する。猫が運んできたのは、轢かれた際に行方不明となっていたマリアの指だったのだ。果たして本当に自殺なのか?他殺だとすれば犯人は誰か?
これぞ乙一さん!と言えるミステリー。遺体の指から見える違和感や、マリアの周辺で起こっていた事件、恋愛のもつれ等、面白い要素がこれでもかと詰まっています。最後はちょっと切なくなりますが、進んでくれることを願っています。

自分だけに見える自慢の彼女【ウソカノ】

安藤夏という恋人がいる語り手。だがそれは嘘であり、彼女の人物像から住んでいる場所まで、細かい設定を涙ぐましい努力で練り上げていた。しかしある日、同じクラスの池田に嘘だとバレてしまった。言わないでほしいと懇願する語り手だったが、池田が語ったのはまた予想外の内容だった。
タイトル通り、嘘の彼女がいるという秘密を守り抜くお話。端から見ると滑稽なんですが、結局ただの妄想でなくいいお話で終わるのが不思議なところ。これもハードカバー版にはなく、あとがきのところに加えられた書下ろし作品です。

切なさに心震わせ、時にくすりと笑える傑作短編集

『失う』がテーマですが、暗く重い雰囲気はそれほどなく胸打たれる作品集となっています。いつ読んでも名作しかない…これだから乙一さんの作品を読むのは止められません。
【傷】は映画化されていて観に行きましたが、あれはあれで良作です。この手の映像化は賛否両論ありますが、ご興味ある方は是非そちらも。
ではでは、また次の投稿まで。

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